2019年09月15日

独居老人の生活1637(予期せぬ出来事:成田空港奮戦記)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1637
                 (予期せぬ出来事:成田空港奮戦記)


  予期せぬ事態に動じない者ほど、

  勇気のある人物はいない。

                             ジュリアス・シーザー

台風15号は千葉県各地に被害をもたらした。
特に住民が困っているのが停電。

現在に至っても、 1部地域ではまだ電気のない生活が続く。

東電は、 今回は福島と異なり放射能の心配がないからか、 のんびり対処しているように思ってしまう。 (必死にやっているはず)

旅行者が音を上げたのが成田空港。
交通網がストップして陸の孤島、 しかし飛行機は普通に到着。

一種の便秘状態、 入っては来るが外には出せない。
で結局、 空港に溜まった人間は約14,000人に上った。


その宿便に、 本ブログ読者の ACEさん(68) が見事に嵌まった。
スケベ爺さんが、 若い女なしでまさかの成田空港1泊に...

今日はそのACEさんの 「成田宿便奮闘記」 をお読みください。
ACEさんのコメントを転載、 写真はジジイが添付したもの。

見やすくするため、 段落やちょっとジジイがいじった箇所あり。
ではどうぞ! 

                * *

『天気予報は、 台風が9月9日午前9時頃成田を通過すると言う。

バンコク発成田行きの便、 9日午後7時半頃に成田到着予定の私としては、 欠航にならずに済んで良かったと思っていたのです。

でも甘かったですね。

海外旅行歴100回近い私でも、 こんなに混乱した国際空港は初めて経験しましたよ(笑)。

私も成田空港で夜明かしした1万3000人の一人で、 自宅にたどり着いたのは10日の午前9時半。

予定外の成田空港1泊を含めて実に11時間の遅延です。


バンコクからの飛行は、 ほぼ定時の午後7時半着でした。
そこからは今まで経験した事の無いハプニングが次々と.....

まず無事に着陸したのですが、 「予定の降機ゲートには他の飛行機がいる為しばらくお待ちを...」 の機長のアナウンス。

え? 予定の降機ゲートに他の飛行機が...有り得ない話ですが、成田空港は台風被害のため朝から大混乱していたのですね。

ところが何ら情報が無いので、 妻に機内から電話、

「夜10時半頃に帰るから、刺身4点盛り用意しているよね」

すると妻は 「今晩帰れるかしら」 等と理解不能の話、 何の事やらさっぱり分かりません(笑)。

機体は沖止めとなりバスが5〜6台来てイミグレに行きますが、 ここまではよくある事なので何の疑問もありません。

いつもイミグレは数分で通過するのですが、 「日本のパスポートの方はこちらへ」と誘導されました。

列の交尾に着くと115mと表示されています。
何とここで2時間もかかりまったく意味不明です。

この時点でこの調子では、 税関も激混みだろうと思ったのですが、 税関は数人の列であっという間に通過します。

pict-成田空港、1万4000人足止め.jpg



驚いたのが鉄道に乗ろうとする人の多さ、 列ではなくフロア全体にいる人間が塊(かたまり)で鉄道に乗ろうと待機しているのです。

  pict-DSCN6118.jpg


今考えると1階の到着階に大勢の人間が押し寄せると危険と判断したのかもしれません。

しかし大きな荷物を持った人間を2時間も滞留させる必要は無いわけです。

どうせすべての交通機関が動かないのなら、 3階の出発ロビーに分散させれば済む話。 
トップが馬鹿だとえらい迷惑をさせられます。

9日内での復旧見込みが無いのであれば、 そういう情報発信を何度もすべきでは....

9日夜11時過ぎ、 寝袋と水とクラッカー少々の配布がやっと始まりました。

私は早めに椅子を確保、 空港内は暖かいので寝袋は不要と判断。

pict-DSCN6120.jpg

アラスカ観光の母娘二人組と親しくなり、 係員の対応の悪さを批判しながら時間を潰ました。

水とクラッカーは、 列に並んだ娘さんが私にくれました。

御年80歳のお母さんが語るには、 東北大地震の時、 横浜のそご〇デパートにいたら 「閉店だから出ていけ」 とペットボトル1本渡された。

で、 高〇屋に行くと、 地下の食品売り場では商品をタダで食べさせてくれた、どうせ明日は営業できないからと...

このような体験談を話だしたりして、 面白かったです(笑)。


ところで鉄道も高速バスもダメだったのは、 千葉で鉄塔が倒れて大規模停電になり、 信号も消えたからのようです。

鉄道は別系統で電力を確保しないとだめですね。

下道も大渋滞で、 成田から都内までのタクシーが 「5万円ではダメ、 10万円だ」 と言うので、母娘は成田空港1泊を決めたとか。

京成は深夜に動きましたが、 JRが動いていないのなら夜明けまで待ち、 すべての鉄道が復旧してから動いた方がベターと判断。

午前4時から高速バスか鉄道で帰るか、 鉄道を乗り継いで帰るかの判断をします。
鉄道組は寝袋に寝ながら長蛇の列を作っていました。

pict-1万4000人足止め.jpg


ならばと列の少ない高速バスで東京駅に行くことに....
午前6時の始発の為に2時間立って待っている間、 後ろの品の良いビジネスマンと雑談をします。

私、 ACEは今回、 17日間のバンコク滞在で気分転換、 お化粧の上手な娘さん達とも楽しんできました。

なので少しぐらいのツケを払うのは仕方が無いかと達観していたのですが、 この紳士の話を聞くと実にお気の毒。

彼は月曜〜金曜でアメリカ出張、 名古屋空港 → 成田空港 → シカゴの予定だった。

けれど肝心のシカゴ行きの飛行機が飛び立たず、 一旦出国した後キャンセル、 やっとシカゴに飛びたったという事です。

しかしシカゴに着いても遅延のため乗り継ぎ便に乗れず。
2日間のアメリカ滞在が1日になって仕事にならなかったという不運続き。

で、帰国したらこの有様、 名古屋行きの航空券が取れない。

高速バスで東京駅まで行き、 新幹線で名古屋に帰るという、 とてつもない苦労をしている方でした。

紳士は3か国で従業員370人を雇用する社長さん、 もっと話を聞きたかったですね。


10日午前6時発のバスが発車時刻になっても係員が窓口に現れない。
それでも高速バスは客を乗せて発車し、 アレレ??です。

昨夜の内に翌日のチケットを販売済み、 なので係員が窓口に来ない...と理解できました。

であればカウンターに 「9月10日午前10時までのチケットは売り切れ」 と表示あれば並びません。 これは不親切というものです。

もっとも方面別に10番ぐらいありますから、 方面別に売り切れ状況を書くのが面倒なのかも....

鉄道の列で待っていれば、 少なくとも500人分くらいの列で乗れたのですが、 何と最後尾で仕切り直しです(笑)。

成田空港では徹夜でしたが、 搭乗機内で結構寝ていたので、 今も普通に仕事をしたあと書いてます。


それにしても成田の非常食用クラッカーは大人の半食分の量しかありませんでした。

高い空港利用料金を取っているのだから、 もっとましな食材を用意しろと、後で空港に電凸予定(笑)。

バス会社にもクレームを入れておきますね」  以上。

                 * *

とまあ、 日頃の行いがイイACEさんでも不運に遭遇。
どうのこうの言っても、 自然には逆らえないということ。

でも、 予期せぬ出来事が起きると、 それを想定してるはずの空港や輸送会社までオタオタ。

JAL(日本航空)はこんなサービスをやってた由。

  pict-成田空港の中も外も人々.jpg
               ☝
 日本航空ご利用のお客様に水と軽食をご準備しております。

さすがJAL、 とジジイは感心したのだが、 これに不満を持つ人もいる。 下記はそのツイート。


『私が100メートル以上の長い行列に並んでたどり着いた末に言われた言葉が、JAL利用者に差し上げています。

JAL利用者でない方には差し上げられませんでした。
これって大手の航空会社のやる事かな?

今日利用したからって明日利用するとは限らない。
逆に今日利用しなかったが、 明日利用するかもしれない』


別の人は、

『私は東日本大震災の時を思い出しました。

帰宅困難者が沢山いる中で、 公平に無料配布するのが空港会社の責任で、 アナウンスは空港会社からだけあった。

しかし、JALは空港会社敷地内で差別配布していた。
これは大問題だ。 了見の狭い会社か!』


ジジイは日本航空の社員じゃないが、 用意した水や軽食には数に限りがあることで....

他の航空会社もJALと同じサービスをやれば問題なし。
でも、 LCCがやるとは思えないが....


ジジイが航空会社の社長なら、 次のサービスをやって見せる。


                ☟




                ☟




pict-成田空港でJAL利用者のみに.jpg



チェンマイって ホントいいですね! 
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:44| Comment(2) | 旅の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月05日

独居老人の生活1627(#36 忘れられない旅の思い出:ベトナム後編)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1627
              (#36忘れがたい旅の記憶:ベトナム後編)


  迷子になるのはけっこう好きなんだ。

  だってほら、 知らないものが世界には
  こーんなにあるんだって気付くだろ。

  わくわくしない?
                        エマーソン (米国の思想家、 作家)


今日は昨日の続き、 ベトナムの旅・後編です。

この日はダナンからフエに向かう。
移動は鉄道で、 ジジイがダナンまで来た同じ列車に乗り込む。

ダナン発(午後2時半頃)も寝台列車で、 ジジイは上段ベッド。
フエまでの乗車時間は2時間くらいだったろうか。

ジジイはファーストクラスの切符を買ったので、 寝台になったのかもしれない。 


フエに到着、 駅からタクシーで 「地球の歩き方」 に載っていたホテル(予約なし)に向かう。

  pict-DSCN0868.jpg


運転手が 「もっと安くて良いホテルがある」 と言って、 強引にジジイを連れて行った。

ジジイは断固拒否、 指示した行先(ホテル)へと向かわせる。
夜中ならともかく、 連れて行かれる所は好きじゃない。

予約はないが、 宿泊代とローケーションは大体分かっているので安心だ。

  pict-DSCN0870.jpg
             ☝
    飛び込みで宿泊したホテル。
  場所は街の中央を流れるフオン川(香江)に近い。

                * *

フエは古都、 なんか情緒がある感じ。
昼の観光目玉は 「フエ王宮」、 歩いて見物するのだが広くて疲れた..の記憶がある。
  
  pict-DSCN0869.jpg

(フエの写真はココでご覧ください)

               * *

夜の愉しみは夕食後のクラブ。
その店はブラブラ歩いている時に出くわしたのだと思う。

ライブが入り、 歌手が唄う、 まさにジジイ好みにピッタリ。
気に入って2度、 同じ店を訪れた。

この時初めて聴いた歌がジジイの胸にジーンときた。
ベトナムでCD(海賊版)も買って帰った。

その曲が ABBAの 「Happy New Year」
              ☟
https://www.youtube.com/watch?v=LRa8g-m4UNk


もし上記が消去されていたらこちらで....
            ☟
https://www.youtube.com/watch?v=3Uo0JAUWijM

テト(ベトナムの旧正月)にふさわしい歌、 ジジイも新年気分を味わった。
今でもこの曲を聴くとフエを思い出す。

フエを再訪したらまた行ってみたいが、 場所が何処だったか記憶にない。
まあ、 歩いてみれば思い出すかもしれないが....

               * *

現地のツアー会社に申し込んで 「17度線」 を1日観光。
フエからバスで100qほど走る。

1954年に締結されたのがジュネーヴ協定だが、 ここでベトナムを共産国家の北ベトナムと、 親西側陣営の南ベトナムとに一時的に分割。

「北緯17度線」 を 「暫定的な軍事境界線」 としたもの。

ベトナム戦争では、 この軍事境界線一帯が重要な戦場となる。
北ベトナム軍 VS 南ベトナム軍・アメリカ軍の激戦地だ。

pict-DSCN0872.jpg
       ☝ 軍事境界線のたもとに建てられた記念碑



長い地下壕があり、 観光客に当時の状況を味合わせてくれる。
                   ☟
pict-DSCN0871.jpg


「17度線」 観光に日本人が1人参加していた。
ホーチミンから休暇でフエに来たという、 某日系カーメーカーの
駐在員。

「私もハノイ観光のあと、 またホーチミンに帰ります」 とジジイが言ったら、 ホーチミンのホテルを予約してくれた。

豪華ホテルがコーポレート価格で安くなるという。
泊まったらなるほど素敵なホテル、 ありがたかった。

                * *

フエ → ハノイ(観光) → ホチミンへの移動は飛行機にする。
現地の旅行代理店に飛び込み、 まとめて航空券を購入。

クレジットカードを出したら3%の手数料がかかるという。
バカバカしいので現金で払った。


フエ空港へはタクシーより安いミニバスで...ホテルまで迎えに来てくれる。

この時、 偶然日本人と席が隣り合わせになりお喋り。
50歳前後のプロカメラマン、 ホイアンも訪れ撮影したという。

彼の言葉が印象に残る。

「数百枚撮っても、 運よく採用されるのは数枚。
 1日中じっと座ってシャッターチャンスを待つのが仕事」

ハノイ空港から一緒にバスに乗り、 ダウンタウンへと向かう。
彼は安ホテルの前で下車、 ここに泊まるという。

「切り詰めないとやっていけません」

プロカメラマンも大変だなあ..と思った。

               * *

では何が、 忘れられない旅の思い出になったのか?

それは前述したクラブからの帰りのこと。
酩酊した上に深夜の一人歩きは危険、 帰り道も不案内。

サムローを拾って乗り込み、 行先のホテル名を告げた。
若い運転手は 「そんなホテルは知らない」 という。

「橋の近くだ、 橋まで行ってくれ」

pict-サムローのある風景.jpg
       ☝ サムロー(三輪の意味)のイメージ画像。


サムローは走り出した → 着いた所は違う橋。
ジジイは、 灯りを頼りに近くのゲストハウスに行って尋ねた。

しかし受け付けの女の子も 「知りません」。

さあ弱った、 酔っ払いの真夜中迷子。
運転手は 「橋の名前を言ってくれ、 でないと動けません」

若い運転手は、 夜間だけサムローを借りるアルバイトか。
(今 調べたら、 フオン川には市街地で4本の橋があった)

真夜中とあって通りは薄暗く、 人の気配はもうない。
どうしたらいいもんか、 思案にくれるジジイ。

ハッと思い出した、 橋のたもとにある高級ホテルの名を。
ジジイのホテルはその近く、 南側に位置する。 (地図はココ

「サイゴン(モーリン)ホテルに行ってくれ」 

サイゴンと聞いたサムローは合点とばかりに走り出した。

なぜ運転手もゲストハウスの受付けも、 ジジイの告げたホテルを知らなかったのだろう。

上の写真で分かるように、 決して小さなホテルではない。

ジジイは図書館で借りてきた古い 「地球の歩き方」 記載のホテル名を告げた。

しかし後で気付いたことだが、 そのホテル名が変更されていたのだ。
ベテランのタクシー運転手なら百も承知のホテル。

しかし若いサムローやゲストハウスの女の子には、 旧名が通じなかったようだ。

この顛末が、 フエでの忘れがたい旅の記憶となっている。


ジジイはそれ以来、 ホテルに着くとすぐ......







ホテルのカード(名刺)を手に取るようになった。


チェンマイって ホントいいですね!  
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 11:54| Comment(3) | 旅の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月04日

独居老人の生活1626(#35 忘れられない旅の思い出:ベトナム前編)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1626
              (#35忘れがたい旅の記憶:ベトナム前編)


 約束したら必ず果たせ。  できない約束はするな。

 借りた金は忘れるな。  貸した金は忘れろ。

                                   田中角栄 (元首相)


絵にも書けないような美しい風景を眺めて、
「ああ〜素晴らしい!」 と、 感動する。

でも生涯残る旅の記憶は、 思いがけない出来事にあると思う。

独居老人の 「忘れがたい旅の思い出・Top‐10」 をシリーズで
お届けしております。  本日はそのTop‐6です。 

               * *

ジジイがベトナムの地を初めて踏んだのは2003年1月25日。
このとき独居老人57歳、 12日間の1人旅だった。
  pict-pict-ベトナム地図.jpg

旅程は次の通り。
成田 → ホーチミン → (夜行列車) → ダナン → (列車) →
フエ→ (飛行機) ハノイ → (飛行機) → ホーチミン → 成田。

成田〜ホーチミンの航空券以外は、 全て現地で購入。

ホテルも到着日のホーチミンだけ日本で予約(料金約4,000円)
他は目的地に着いてから適当に探した。

往復の期日(航空券)だけは決めてあったが、 あとは適当。
計画なし、 気分次第での移動、 いい加減な旅だった。

 (ベトナムのグーグルマップはココをクリック)

               * *

ホーチミン観光は在り来り、 昼は観光、 夜はクラブなど。
クラブといってもホステスがいるバーとかクラブとは違う。

1つはディスコのようなクラブ。
音楽が大音響ではなく、 うるさくなくて丁度いい。

ベトナム人女性に話しかけられ、 一緒に踊ったり飲んだり...
某日系カーメーカーに勤務していると言っていた。

ホテルへは歩いて帰れる距離だが、 真夜中の1人歩きは危ない。
クラブの前で待機するバイタクを利用。

若いドライバーが吹っ掛けたので、 値切ったことを覚えている。


2つ目のクラブはステージで次々に歌手が出てカラオケで唄う。
女性歌手(プロかな?)が多かったように記憶する。

客は現地の若者がほとんどで、 テーブルやカウンターで飲んでいた。

ジジイはホテルに戻ったあと、 ホテル内のカラオケ店に入る。
カラオケだが純粋なカラオケ、 ホステスはいない。

客はジジイ1人だけ、 貸し切りみたいなもの、 数十曲を思いきり
唄いまくった。

pict-DSCN0861.jpg
               ☝ ホーチミン市街。

               * *

1日だけクルーズ船に乗り、 日帰り観光した。
ガイドブックに載っていたので、 暇つぶしに行っただけ。

いつ出かけて、 何という街だったのかも記憶にない。
旅の最後にまたホーチミンに戻って来るのだが、 その時かも...

覚えているのはランチ後、 海辺のバラック屋根の食堂でビールだけ注文、 あとはビーチチェアで昼寝したこと。

潮風に吹かれ、 気持ちよく1時間ほど眠った。
どうでもいいようなことが記憶にあるものだ。

               * *

さてダナン行きの切符(鉄道)を予約せねばならない。
ホテルの部屋にあったガイドブックにツアー会社の広告あり。

電話をかけて訊いたが、 扱っていないと言う。
ならば直接駅に行って買うことに...バイタクでサイゴン駅に到着。

駅の窓口で夜11時頃の発車だったか、 寝台車を予約。
翌日、 ダナンに向けホーチミンを後にした。

              *  *

ダナンまでの乗車時間は15時間30分。
ジジイが眠る寝台車のコンパートメントは、 2段ベッドが通路を挟んで2台。

ということは4人で1部屋というか、 ジジイは下段ベッド。
ところが乗ってから驚いた。

ジジイを除き、 他の3ベッドには複数(ベトナム人)で乗車。
ジジイの上段には若い女性2人、 横の下段では親子3人が寝る。

テト(ベトナムの旧正月)の時期だったようで、 帰省する人で他の車両も大混雑。

ジジイの寝台切符、 よくぞ購入できたもの。
日頃の行いがイイ人間は、 こういう時に物を言うなあと実感。

   pict-DSCN0862.jpg
         ☝ 寝台車の通路でジジイ。
           左側がコンパートメント。


ジジイの横の下段ベッドには家族3人が乗車していた。
どうやって狭いベッドで親子3人が寝るのだろうか、 興味が....

子供は母親と一緒に同じ方向で、 父親は逆方向で眠るのだ。
まあ69スタイル、 つまり母親の足は父親の顔に来る。

足が臭いと堪らんだろう。
父親の職業は医師だと言う(片言の英語でお喋り)。
                  ☟
pict-DSCN0863.jpg


深夜にはコンパートメント内がうす暗くなり、 乗客は眠りにつく。
ジジイがその時なぜ目を覚ましていたのか分からない。

ベッドのカーテンを開けたまま横になっていた。
と、 コンパートメントのドアがスーっと10pほど開いた。

通路側から腕がニューっと伸びてくる。
そして女の子2人が眠る上段ベッドに手を入れてモソモソと....

あ、これはスリだな...バカでも分る。
ジジイはベッドで起き上がり、 ドアを静かに閉める。 腕はサッと引っ込められた。

旅の記憶ってこんなもの、 よく覚えている。

               * *

寝台列車は朝になってもベッドのまま。
なので上段の乗客はずっと寝たままの状態だ。

勿論、これではキツい、 通路に出て休んだりしていた。

午後3時頃、 列車はダナン駅に到着。
                 ☟
pict-DSCN0865.jpg


駅からタクシーに乗り、 ガイドブックに載るホテルに移動。

予約なしだから、 空き部屋確認までタクシーを待たせておく。

1,500円/泊でチェックイン、 ほっと一息。

当時はビーチエリアがまだ開発されておらず、 高層ビルは見えなかった。

ダナンでは観光も何もせず、 ただブラブラして過ごす。

pict-DSCN0866.jpg
      ☝ 独居老人57歳、 テトなので飾り付けが....


夕食後に何となく入ったバー、 そこのカウンターで働く女性が咳をゴホンゴホン。

移されちゃ堪らないと、 早々に引き揚げたことを覚えている。


では、 忘れられない旅の思い出とは何だったのか?

ジジイはこのように隣のベッドにいた医師家族の写真を撮った。

pict-DSCN0864.jpg
           ☝ 品の良さそうな奥さんだ。

そして 「日本から写真を送ります」 と約束。

医師は自分の住所を書いたメモをジジイにくれた。
しかし帰国後そのメモが捜すが見当たらず、 結局 送れず仕舞い。

「日本人てぇのはいい加減だ」 と思われているかも。

旅って、 こういうことは往々にしてあるもの。







とは言え、 申し訳ない気持ち....忘れられない。


チェンマイって ホントいいですね!
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 11:30| Comment(2) | 旅の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする