2017年03月04日

独居老人の生活805(#14懐かしき女優)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐805(#14懐かしき女優)


     芝居は下手でもええ。 
     一生懸命やってたらこころが通じる。

     皆さんも死になはんなや。 
     元気にしていて、また見にきてな。

                                     ミヤコ蝶々が舞台上で.....

         
三益 愛子

1910年(明治43年)〜1982年(昭和57年)、 享年71。
戦後母物映画で一世を風靡した日本の女優

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亭主が直木賞作家の川口松太郎。
川口との間には三男一女があり、 俳優の川口浩は長男。

1936年(昭和11年)に長男の浩を出産、 当時川口松太郎に妻子があったため、 1951年(昭和26年)まで入籍しなかった


長女が元女優の川口 晶 (1950年3月〜 )。
1970年代のテレビドラマに多数出演。

晶は1971年、 スリーファンキーズの長沢純と結婚。
1男を授かるが1974年に離婚。

1978年、 兄の俳優・恒、 弟の厚とともに大麻取締法違反に問われ公から消えた。 (注) 晶は兄2人と異なり不起訴処分。

1979年にヨット・コーチでAV企画所属の国重光煕と再婚。
現在は、 国重 晶の名前で陶芸活動を行っている。


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      ☝ 
TVドラマ 「傷だらけの青春」、 中央が川口晶。    

              * 


さて三益 愛子に戻ろう。

昭和2年、 大阪の劇団 『新潮劇』 に加入して初舞台。
昭和7年には榎本健一の劇団に入りエノケンの相手役を務めた。


ここで三益愛子出演の映画を3分ほど、 どうぞ!
「娘・妻・母」 (1960年) 予告編、 監督は成瀬巳喜男。
                ☟
https://www.youtube.com/watch?v=gDEZhP7vcGo


悲劇の 「母もの」 シリーズでは、 10年間で33本の主演。

その1つ、 「巣鴨の母」 (1952年公開)
愛する息子は戦犯に....母は待ちます  何時までも.......

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            ☝
出演:三益愛子、 松島トモ子、 根上淳、 船越英二、


こちらは「母燈台」(1949年公開)、 霧島昇が歌います。
              ☟
https://www.youtube.com/watch?v=2nFYmc3SVcM

               *

三益は舞台でも活躍。
1959年(昭和34年)、菊田一夫作 『がめつい奴』 が大ヒット。

主役の「お鹿ばあさん」役を演じて、 上演回数371回のロングラン記録を作る。

昭和57年、 都内の病院で膵臓癌のため死去。 享年71。


ジジイの思い出は、 川口松太郎夫婦が文京区に建てた 「川口アパートメント」。
昭和39年築で、 当時の著名人が住んだ高級アパート。

今も賃貸物件として存続している。
安アパートで暮らしていたジジイには、 夢のような建物だった。

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            ☝ 川口アパートメント。


では華麗なる一族、 川口ファミリーを映像でどうぞ!
               ☟
https://www.youtube.com/watch?v=NIQXN-GHmvI


               * *


浦辺 粂子 (1902年〜1989年)

静岡県下田市出身。  女優活動は19歳から87歳まで。

浦辺粂子81歳の週刊求人案内CM(1983年)です。
               ☟
https://www.youtube.com/watch?v=EeUjGLNPEUc


松井須磨子にあこがれて、浦辺粂子は16才のときに家出を敢行し、 女優への道を歩んだのである。

浅草オペラや旅回りの一座を経て日活京都撮影所に入り、
『清作の妻』 『塵境』 『お澄と母』などに主演し人気を博す。

その後は日本を代表する老け役と女優して活躍し、 300本以上の映画に出演。

金色夜叉(1924年)、 浦辺が22歳の時。
             ☟
浦辺粂子金色夜叉1924年、日活.jpg



1928年(昭和3年)、 京都の資産家の息子である上野興一と結婚、 これを理由に翌昭和4年に日活を退社する。

しかし夫婦で競馬狂いになり、 結婚生活は1年で離婚。


映画 「最後の帰郷」 から さくら進軍。 昭和20年製作。
              ☟
https://www.youtube.com/watch?v=K8Sv-8tfprY

              * *

戦後は演技力を買われて他社の作品にも多く出演。

・成瀬巳喜男監督の 『稲妻』 『ひき逃げ』 『乱れ雲』
・豊田四郎監督の 『雁』

・市川崑監督の 『私は二歳』
・黒澤明監督の 『生きる』

・五所平之助監督の 『煙突の見える場所』
・木下惠介監督の 『野菊の如き君なりき』

・小津安二郎監督の 『早春』 『浮草』
・溝口健二監督の 『赤線地帯』

・市川崑監督の 『日本橋』
・伊藤大輔監督の 『切られ与三郎』

・豊田四郎監督の 『恍惚の人』 などに出演。

これを見ても実力派監督の常連だったことが分かる。
      
       
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浦辺粂子が歌ってます。
       ☟
http://nicogame.info/watch/sm7756219


1989年(平成元年)の朝、 渋谷区の自宅で湯を沸かした際に、 和服の袂に(火が)引火して全身に大火傷。

病院に緊急搬送されたがその後死亡、 享年87。


              * *


東山 千栄子  (1890年〜1980年)

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築地小劇場を経て俳優座の結成に参加した新劇出身者。
千葉県生まれで、 父は司法官で後に貴族院議員。

1909年(明治42年)に19歳で結婚、 昔の人は結婚が早かった。

相手は東京帝大法科卒で輸入業者のモスクワ支店長。
東山は夫の任地モスクワに行き、 そこで暮らす。

その当時、 モスクワ芸術座の舞台で見たのがチェーホフの作品、
『桜の園』。  東山その魅力の虜になったという。


大正14年、 築地小劇場に研究生として入団。

昭和2年、 『桜の園』 でラネーフスカヤ夫人を演じて東山の当たり役に.....
以降昭和33年の俳優座公演までに約310回の出演。

昭和19年、 千田是也、東野英治郎、小沢栄太郎らと俳優座を結成した。


映画にも意欲的に出演。
・溝口健二監督 『女優須磨子の恋』、

・吉村公三郎監督 『源氏物語』、
・今井正監督 『喜劇 にっぽんのお婆あちゃん』 等。

また東山は木下惠介監督作品の常連出演者であり、 木下監督のデビュー作を含め計13本に出演している。


ジジイにとって忘れられないのは、 小津安二郎監督の 『東京物語』。
笠智衆と共に老夫婦を演じ、 原節子との淡々とした絡みは圧巻。

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これが東山千栄子の映画出演における代表作となる。
とにかく品のいいお婆さんといった印象が強い。

昭和55年、 御殿場市の自宅で老衰のため死去、 享年89。


小津安二郎 『東京物語』 予告編をどうぞ。
原節子が美しい。  (2分18秒)
              ☟
https://www.youtube.com/watch?v=ih7usk8w2NY


               * *


ミヤコ蝶々

1920(大正9)年〜2000年。
現在の東京・日本橋小伝馬町に生まれる。

芸事好きな父親の思いつきで、7歳の蝶々を座長に据え、 旅回りの都家蝶々一座を結成。

1942(昭和17)年、 蝶々22歳の時に吉本興業からの誘いを受け、 一座を解散。

同年、 17歳年上の三遊亭柳枝と結婚。
柳枝は当時妻子を持つ身、 不倫の恋を実らせる。

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      ☝ 三遊亭柳枝と蝶々(22歳)。


1946年、 柳枝らと共に「柳枝劇団」 を旗揚げし各地を巡業。
その時弟子入りしてきたのが吉村朝治で後の南都雄二。

夫の柳枝は女癖が悪く、 劇団の若手女優に次々手を出す。
で、 1947年、 蝶々は朝治と共に家を出て、その後柳枝とは離婚、 朝治と再婚(蝶々27歳)。

蝶々は仕事が上手く行かず、 疲労回復として当時一般の薬局で販売されていたヒロポンに手を出し中毒に......

治療のため1ヶ月入院し克服、 2人は ”蝶々トンボ” の名で漫才
スタート。
これが後に改名 ”ミヤコ蝶々/南都雄二” の人気コンビとなる。

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     ☝ 1961年、 蝶々が41歳の頃。


ジジイが当時毎回聴いていたのがラジオの「漫才学校」。
1954年(昭和29年)、 朝日放送でスタートした。

森光子、 夢路いとし・喜味こいし、 秋田Aスケ・Bスケ、
笑福亭松之助他が出演。
秋田実作のコメディーで、 蝶々らは一躍人気者になる。

この頃はラジオドラマ(放送)の花盛り。
「漫才学校」に加え、 ジジイが欠かさず聴いていたのが、

「お父さんはお人好し」 (昭和29年)
「新諸国物語 笛吹童子」 (昭和28年)

「新諸国物語 紅孔雀」  (昭和29年)
「風流剣士」  (昭和30年ころ)


当時(昭30年)の物価は白米10kg680円、 銭湯入浴料15円程度。
テレビ受像機の価格は20〜30万円程度と高価で一般には買えず、 ラジオが一家の主役、 ジジイが10歳の頃である。

因みに日本初のラジオ放送開始は、 1925年(大正14年)3月。
NHK東京放送局が東京・芝浦の東京高等工芸学校内に設けた
仮送信所から発信。

アナウンサーによる記念すべき第一声は、

「アーアー、 聞こえますか。(間)JOAK、JOAK、 こちらは
東京放送局であります。 こんにち只今より放送を開始致します」


漫才学校に続いて昭和30年、 「夫婦善哉」の司会をコンビで務める。
これはラジオで8年間、 その後テレビで12年間、 計20年間放送の人気番組。

                * *

蝶々は南都雄二(1924年生まれ)とその後離婚。

雄二の夜の豪遊と女遊びは語り草になっており、 「キタの雄二
(南都雄二)かミナミのまこと(藤田まこと)、 東西南北・藤山寛美」 といわれたほど。


では蝶々/雄二の懐かしい漫才です(13分)
              ☟
https://www.youtube.com/watch?v=d2aWOfHO1_Y

                *

離婚後はソロの女優としても活動するようになり、 1969(昭和44)年には映画にも進出。

山田洋次監督の代表作 「続・男はつらいよ」に、 寅さんの瞼の母お菊役で出演。

また自ら劇団を旗揚げし、 道頓堀の 「中座」 を拠点に活動する。

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    ☝ 京都・南座(1996年)


ミヤコ蝶々は2000年、 慢性腎不全で死去、 享年80。

因みに相方の南都雄二は1973(昭和48)年に死亡、 享年48。
その時蝶々は53歳。

糖尿病で入院治療、 後妻に逃げられ身寄りもない南都雄二だったが、 この面倒をみたのが4歳年上のミヤコ蝶々だったという。


ではミヤコ蝶々晩年の舞台をご覧あれ(2分52秒)
               ☟
https://www.youtube.com/watch?v=P2FzSPlASHc

                *

ジジイが思い出に残る番組がテレビの 「夫婦善哉」。
この番組は一般人夫婦を招いてのトークで、 蝶々・雄二がエピソードなどを訊いていく。

ジジイが今でも覚えているのが超美人の奥さんが登場した時。

まだ結婚前の頃、 奥さんが入院した。
その時今の亭主は度々見舞いに行き、 奥さんのハートをガッチリ掴んだという。

「なんのご病気でしたか?」  の問いに美人妻は平然と、

「痔でした」 と答え、 ジジイは度肝を抜かれた。


ああー、 あんな美人でも痔になるのか、 ウンコするのか......
20代、 青いジジイの女性観が変わった一瞬でもあった。


蝶々・雄二を思い出すと、 ジジイの青春が蘇ってくる。








71歳 タイでまだ、  オレは生きてるぞ。


チェンマイって ホントいいですね!





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 10:42| Comment(2) | 懐かしき女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月03日

独居老人の生活804(懐かしき女優#13)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活804(懐かしき女優#13)


    春、 夏、 秋、 冬、
   はっきりしてきた山と里の境が少しずつ消えていき、
   一年がめぐります。

   人の人生と同じだと、
   この歳にしてしみじみ気がつきました。

                                      映画 「阿弥陀堂だより」

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北林 谷榮

1911年5月〜2010年4月、 東京・銀座の洋酒問屋に生まれる。

1945年に画家の河原冬蔵と結婚、 その後離婚。
画家の河原朝生は長男。

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1950年、 劇団民藝の創設に参加し、 日本一のおばあちゃん
女優として人気を博す。

女優としてのキャリアは、 先ず新劇女優を志し1931年に創作座の研究生となる。

映画デビューは1937年公開の成瀬巳喜男監督 『禍福』。
以降、 錚錚たる名監督作品に出演した。


・黒澤明監督の『醜聞』 (1950年)

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・新藤兼人監督の 『原爆の子』 (1952年)
・市川崑監督の 『ビルマの竪琴』 (1956年と再映画化1985年)

・今井正監督の 『キクとイサム』 (1959年=昭和34年)

・今村昌平監督作 『にあんちゃん』  『にっぽん昆虫記』、
・市川崑監督作 『鍵』 (1959年)

・今井正監督作 『喜劇 にっぽんのお婆あちゃん』 (1962年)
・岡本喜八監督作 『肉弾』

・山本薩夫監督の『華麗なる一族』 (1974年)など。


・至近時では小泉堯史監督の 『阿弥陀堂だより』 (2002年)

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                ☝
この時は既に脚が悪くなり、 歩行も覚束ない状態だった。

しかし主演が劇団民芸の盟友だった故・宇野重吉の息子寺尾聰であることから出演を快諾したという。


翌年の2003年、 黄泉がえり(東宝)が遺作となる。
以後も出演交渉はあったがすべて断り、静かな余生。

2010年4月、肺炎で死去、 享年98。


北林谷榮のイメージはお婆さん、 それは彼女が30代から数多くの老け役を演じていたから。

まあまあ若い頃の北林谷榮、 結構美人です。
              ☟
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北林谷榮出演映画 「大誘拐 Rainbow-Kids」 予告編。
                 ☟      (2分)
https://www.youtube.com/watch?v=hDOYt1RJyAQ


               * *


飯田 蝶子

1897〜1972年、 享年75。

松坂屋店員など様々な職を経て、 1923年(大正12年)、 松竹蒲田撮影所に月給10円で入社。

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       ☝ 1929年の映画 「学生ロマンス」 
          右端が飯田蝶子(32歳)


出演本数300本を超えるその長いキャリアは、 庶民派の老女役や祖母役などの老け役が多い。

「日本を代表するお婆さん女優」 として息の長い活躍。


デビュー前、 周囲に説得されて結婚、 だがすぐに離婚して実家へ戻る。
その後小津安二郎作品の名キャメラマン・茂原英雄と再婚した。


飯田蝶子は戦前の小津安二郎監督作品の常連であった。
初のトーキー映画 『一人息子』 に出演。

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戦後第1作 『長屋紳士録』 では意に反して孤児を引き取っていく長屋のおばちゃんを演じ、 自身の代表作とした。

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以上小津監督の他にも、 大物監督の作品に起用された。

・黒澤明監督の 『醉いどれ天使』  『野良犬』
・稲垣浩監督の 『無法松の一生』

・堀川弘通監督の 『裸の大将』
・今井正監督の 『どっこい生きてる』 などに出演。


飯田の多くの役どころは、 一杯飲み屋の女将に長屋のおばさんといった、 誰もが親近感を持つ庶民の顔。

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晩年、 東宝サラリーマン喜劇における森繁の母親や植木等のお婆ちゃん役を演じる。

ジジイに最も馴染み深いのが加山雄三の 「若大将シリーズ」。
若大将の父親が有島一郎、 祖母役が飯田蝶子。

"老け役女優" から "おばあちゃん女優" として地位を不動のものとした。
TBSドラマ 『時間ですよ』 などテレビにも出演している。


では今井正監督 『どっこい生きてる』 より飯田蝶子をどうぞ。
                ☟       (1分50秒)
https://www.youtube.com/watch?v=GcZtrrOG9UQ



               * *


菅井 きん

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1926年生まれ、 現在91歳。
戦後、 劇団俳優座に入団し舞台に立つ。            

1951年に 『風にそよぐ葦』で映画デビュー。

名脇役女優・菅井きんは、 1973年のTBSドラマ 『必殺仕置人』 で人気者に.....
主役の藤田まことを 「ムコ殿!」 といびる姑役で好演。

『太陽にほえろ!』 では松田優作ジーパン刑事の母役を演じる。
1973年〜1985年の12年間にわたる出演であった。


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       ☝ 「必殺仕置人」 
         左から藤田まこと、 白木マリ、 菅井。


2008年の映画 『ぼくのおばあちゃん』 では82歳にして映画初主演、 世界最高齢映画主演女優としてギネスに認定された。

2010年に自宅で転倒して大腿骨を骨折、 以来自分の足では歩行困難に.....
その年の映画 『瞬 またたき』 出演最後に活動を停止。

そのため菅井はボケて特養に居るとか、 死亡説まで飛び出す
始末。
2014年10月にフジテレビの情報番組に出演、 4年ぶりに元気な姿を見せた。


若い頃の菅井きん。

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結婚は1回、 夫は元俳優座映画プロデューサーの佐藤正之。
彼は 映画『砂の器』 『八甲田山』などに携わっている。

流産を経験後に佐藤との間に一女を儲けた。
佐藤が死亡した1996年以降は、 娘夫婦と同居している由。


醜女でも名女優になれることを証明した菅井きん。

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              ☝ 36歳の時の菅井きん



では44年前の菅井きん47歳、 「必殺仕置人 第1話」 です。  
             ☟             (47分)
https://www.youtube.com/watch?v=FKFicXcQBFc


                * *


お婆さんが続いたので、 ここらで絶世の美女を.......
さて次の女優さん(当時26歳)は誰でしょう?
            ☟
pict-テレビ人形劇「チロリン村とくるみの木」に出演していた26歳頃.jpg




まだピンと来ませんか?  これならどうでしょう。

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これならもうお分かりですよね。

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そう、 83歳のこの方。
顏は化粧のかたまり、 頭はヘンチョコリン.....お化けです。

              ☟

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黒柳 徹子

1933年(昭和8年)、 今の東京・港区に誕生、 現在83歳。

女優、 タレント、 声優、 司会者、 エッセイストなど多才。  
愛称はトットちゃん、

父は音楽家で、NHK交響楽団のコンサートマスターも務めた。
母は声楽家でエッセイスト。


NHK放送劇団、 文学座研究所を経てテレビ女優としてデビュー。

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1954年、 NHKのラジオドラマ 『ヤン坊ニン坊トン坊』 で初の主演。

しっかり者のヤン坊=里見京子、 暴れん坊のニン坊=横山道代、
かわいいチビ助・トン坊=黒柳徹子の3人組で人気を博す。
                  ☟
https://www.youtube.com/watch?v=p1mQKfX2Qvg


横山道代はその後改名して現在は横山通乃(80歳)。
俳優の中山昭治(享年70)と結婚したが離婚。

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里見 京子は現在81歳(この3月で82に・・・)。 
夫は作曲家の宇野誠一郎。
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ジジイが少年の頃はラジオに耳を傾けていたんです。
演芸もプロ野球も大相撲も.....そんな時代があったのだ。


黒柳徹子に戻ろう。
1976年、 テレ朝で自身の冠番組 『徹子の部屋』 がスタート。

2015年5月には放送回数が通算1万回となり、 「同一の司会者による番組の最多放送回数記録」としてギネス再認定。

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1981年、 自身の著書 『窓ぎわのトットちゃん』 を出版、 累計770万部という発行部数は、 日本国内において戦後最大のベストセラー」 となる。

1984年からユニセフ(国際連合児童基金)親善大使を務める。

ジジイは黒柳徹子を女として見た場合、 嫌いなタイプ。
でも若い頃は美しい、 やはり女は変貌する。


ここで33年前の黒柳徹子(50歳)のTVコマーシャル。
               ☟     (1分)
https://www.youtube.com/watch?v=Ec9WKtVX7do

               * *


黒柳は未婚である。
2013年、 NHK 『あさイチ』 で結婚観について語った。

「これまでに2、3回程結婚を考えたことがあり、 お見合いや
 出会いがあったが、 タイミングが合わなかった」


黒柳徹子は野球音痴で有名。

金田正一との対談の際、「国鉄(当時スワローズ)の金田です」 と自己紹介した。

これにに対して黒柳は、
「どちらの駅にお勤めですか?」 と尋ね、 金田を唖然とさせる。


『徹子の部屋』 に野球関係者が出演した時は、

「どうしてここで監督はホームランのサインを出さないのかしら
 と思った」

「サヨナラホームランを打ったのに引退しないのはどうして」

「野球の審判って大変ですよね。 バッターが打ったら一塁まで
 走って行かなきゃならないんですよね」

など大ボケを連発。


黒柳徹子と聞くと司会者のイメージ、 だが役者としても大活躍。

NHKドラマ、 若い季節(1961年スタート)
NHK連続テレビ小説では、 繭子ひとり(1971年)、 チョッちゃん(1987年)など。

映画では、
ちんじゃらじゃら物語 (松竹、 1962年)
喜劇 駅前漫画 (東京映画、 1966年) など。


NHK若い季節のテーマソング(1分32秒)をどうぞ。
                 ☟
https://www.youtube.com/watch?v=PzmbPVg0khU


黒柳徹子は現在83歳にして今も元気モリモリ。
ボケないんだろうか?   いつまで生きるんだろうか?

ジジイはこれを見届けてからあの世に行きたい。










 ジジイが先かも.......


チェンマイって ホントいいですね!





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 10:58| Comment(4) | 懐かしき女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

独居老人の生活743(#12懐かしき女優)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐743(#12懐かしき女優)


    結婚してようがしていまいが、

    あなたが幸せならそれが幸せなの。
                                           グレダ・ガルボ (女優)


懐かしき女優シリーズは、 このところ清純派スターを特集して
お届けしております。

海の向こうにも清純派女優がいます。
ジジイが大好きだった憧れのスターはこの方。


クリスティーネ・カウフマン。

1945年1月生まれで現在71歳。
ドイツ人の父親とフランス人の母親を持つ。

1958年、13歳の時に映画 『幼な心』 で主演。
清純派美少女スターとして絶大な人気を誇る。

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      ☝ 13歳のクリスティーネ・カウフマン



ジジイが想いを寄せたのは、 17歳で出演したハリウッド映画の
『隊長ブーリバ』 (1962年=昭和37年)。

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             ☝
  左がトニー・カーティス、 右がユル・ブリナー。


その時共演したトニー・カーティス(当時37歳)がクリスティーネを誑(たら)し込む。  で、 彼女は18歳の若さで結婚。

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         ☝ 『隊長ブーリバ』 のヒロインを演じる。



トニー・カーティスの最初の結婚相手は、 女優ジャネット・リー、
しかし11年後に離婚。  翌年、 若いクリスティーネと結婚した。

クリスティーネ・カウフマンは結婚後引退、 家庭に入る。
2人の娘をもうけたが4年後に離婚した。

その後、 本格的に女優に復帰し、 現在はドイツのTVドラマや
映画で活躍している。


ジジイにとっては憎い恋敵トニー・カーティス、 生涯4度の結婚、
85歳で地獄に落ちた。
あの清純派スター・カウフマンを抱いた幸せな男といえる。

そのクリスティーネ・カウフマン、 お年を召してもお綺麗です。
54歳でも裸に自信あり。
    
      
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 69歳のクリスティーネ
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      ☝ 年齢と化粧の厚さは比例する。


                * *


日本の清純派スターも負けちゃあいない。
またも出ましたこの方。


天地真理。

1951年生まれで現在65歳。
可愛い白雪姫の真理ちゃん、 国民的アイドルでした。

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中年になれば誰でも太目にはなるが・・・・


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でも60を過ぎてダイエットしたのか、 現在は昔のように少し
スマートに......

天地真理は今、川崎市の高齢者向け住宅で暮らしており、 この
老人ホームの費用はファンクラブの人たちが出しているとか。
  (家賃が14万円/月、 食費が4万円ほど)

65歳になったので年金が15万円/月ほど受給、 蓄えはない
そうな。


では2年前、 63歳の時の白雪姫・真理ちゃんです。


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      ☝ 老人ホームにいる天地真理。
        



他人(ひと)のことは言えません。
このジジイだって、 昔はカッコよかった。

今はもう 見られたもんじゃないです。












 若いカノ女ができるわけ...ネーわ。


チェンマイって ホントいいですね!

  (追記)
欧米の女優さんもみな平等に年を取ります。
あなたのご存知のスターがおりますでしょうか?

お暇でしたらどうぞ!
        ☟
https://www.youtube.com/watch?v=Fe8hRTEsy08





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 11:32| Comment(7) | 懐かしき女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする