2015年09月24日

独居老人の生活357(観客いろいろ)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐357(観客いろいろ)


   人生なんて食って、 寝て、 やって、 終わり。

                                                立川談志



色んなホールで色んな観客、 今日はそんな思い出話です。



(1) 山本直純指揮のコンサートで。

山本はテレビのチョコレートのCMソング、 「大きいことはいい
ことだ!!」 で一躍人気者になった。

彼は指揮者として名を馳せたが、 作曲家の顔も持つ。
そのヒット曲の中でも一番親しまれた作品がこれ。

勿論ご存知でしょう、   ココをクリック、 懐かしいですよ。


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コンサートはジジイが50代のころ、 場所は東京・「武蔵野市民
文化会館」。

オーケストラは 「新日本フィルハーモニー」 だったと思う。


山本直純は演奏と演奏の合間にお喋りをする。
これが彼の特徴で、 巧みな話術で観客を魅了する。

この点では、 クラシック音楽版さだまさしとも言える。


この日も山本は得意の話術を挟む。
3,4分話したころか、 ジジイの斜め後ろにいた爺さんが大声
で叫んだ。

  「山本さーん、 早く演奏やってくれー!」


この時山本直純がとった行動が忘れられない。

  「はい、 分かりました」

一言返して楽団に向くやいなや演奏を開始した。 その間数秒。

その後のお喋りは一切なし。
何処にもある普通のコンサートで終わってしまった。


何のための山本直純指揮コンサートか、 喋りを止めさせたあの
爺さんが恨めしい。

山本直純、 その数年後の2002年死去、 69歳だった。




(2) 東京・新宿末広亭で。

10代目桂文治(前名:桂伸治)の一席が始まり、 その佳境に
入るころである。

突然、 客席から赤ん坊の泣き声が飛び込んできた。

チョッとの間、噺を続けていた文治、 やむなく言う。

「赤ん坊のお客さん、 噺の邪魔になるので席を外して貰えま
 せんか?」

お母さん、 赤ちゃんを抱いて会場の外に出た。


独居老人その時思った。

このお母さん、 赤ん坊が泣き出した時、直ぐトイレにでも行け
ば良かったのにと・・・・。

そうすれば噺家から何も言われずに済んだろう。

何よりも、 ”大人の遊び場所” に赤子や幼児を連れて来ない、
これが常識かも。

桂文治も、 お母さんも、 他の観客も、 みな残念な思いをした
のでは・・・・・・。

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その桂文治は2004年、 鬼籍に入った。  享年80歳。





(3) 「大友康平とハウンドドッグ」 コンサートで。


独居老人50代後半の時、 場所は渋谷公会堂。

彼らのコンサートに行くのは初めて。
前から一度、 生(ナマ)で聴いてみたいと思っていたのだ。

ジジイは会場の後方座席に着き、 開演を待つ。


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       人差し指サイン 大友康平



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演奏が始まるや観客は総立ち、 座席で飛び跳ねたり手拍子を
打ったりで忙しい。

ジジイの隣席の女たち(30代前半か)は大熱狂。

こうなると座っていたのではステージが見えない。
ジジイも仕方なく立ち上がり、 一人突っ立ったまま聴き入る。


ジジイより11歳年下の大友康平はタフ、 延々2時間近くを
休憩なしで歌いまくる。

ジジイは疲れを感じ、 コンサート後半は椅子に座って休み、
また立ち上がっては休みの繰り返し。

爺さん一人では盛り上がりようもなく、 若い観衆の熱気に押さ
れて会場を後にした。


「大友康平とハウンドドッグ」、 熱きロックンロールに酔い
シビレる。

しかし、 己の年齢を痛感したコンサートでもあった。


では大友康平のヒット曲、 興味がございましたらクリック。
           ☟   (2分47秒)
https://www.youtube.com/watch?v=vIGuKnKZ1lo





(4) 立川談志ひとり会で。

ジジイが60歳前後の頃だったか、 場所は武蔵野市公会堂。
東京・吉祥寺駅(南側出口)から徒歩数分の所にある。


独演会と言っても弟子数人が前座をつとめる。
談志一席の前に現れたのが立川談春。

現在の彼は、「最もチケットが取れない落語家」 と言われる程の
人気者。

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       人差し指サイン 立川談春


その談春の一席、 まくらを振る。
それを端折って書けば、

「次が師匠の談志ですが、 お客さん、 寝ないでくださいよ。
 オレやめたーって、 談志、 途中で帰っちゃいますから。
 居眠りするなら今のうち、 よろしくお願いします」


以前に談志が客の居眠りに怒って噺を中断、 高座をおりてしま
うという事件があったのだ。

ジジイもその騒動は耳にしており、 談春のまくらにアハハー。


そして取りをとるのは勿論家元・立川談志。


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談春の事前注意(まくら)が効いたのか、 談志の名人芸がそう
させたのか、 居眠りする観客は一人もなく、 会場を沸かせて
終了した。


個性の強い噺家だったからか、 談志が大嫌い、という人も多く
いたようだ。

ジジイは ”大好き” の方で、 彼の若い頃からよく足を運んだが
全てにハズレなし。  いつも彼の噺に魅了された。


立川談志、 2011年死去、 享年75歳。


            * *

小噺を一席。

「只で金が儲かる法」 を教えるという。

その料金が2千バーツ。

「間違いないですね、 本当に只で儲かるんですネ?」

「間違いないよ」  で、 2千バーツ渡したら、


「俺と同じことをやれ・・・・・・・・・・」

                       立川談志ジョーク集より



お後がよろしいようで・・・・・・・、


チェンマイって ホントいいですね!



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 06:29| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

独居老人の生活355(美しい想い出)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐355(美しい想い出)


    僕は二十歳だった。
 それが人生で一番美しい年齢だなどとは誰にも言わせない。


                            ポール・二ザン (フランスの作家、哲学者)



先日チェンマイ在住の友人からDVDを拝借した。

それがなんとまあ懐かしい 「ビートルズ」 のお宝DVD。

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1966年(昭.41)6月30日の日本武道館でのライブ録画。

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       人差し指サイン 日本武道館(東京)



ビートルズがこの時歌ったのはYesterdayなど全部で11曲、
時間にして30分ちょっと。


司会を務めたのが今は亡きE・H・エリック。

30分ではコンサートとして間が持たない、 で、前座として登場
したのがそうそうたる顔ぶれ。

尾藤イサオ、 内田裕也、 ジャッキー吉川とブルーコメッツ、
ブルージーンズ等、 加えてあのザ・ドリフターズまでが舞台に
上がって演奏した。


ではビートルズ公演、 チラッと画像でご覧下さい。
(画像が鮮明でありません、 ご容赦のほど・・・)

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               * *


このCDには記者会見の模様(約26分)も収められている。
これがコンサートとは違って面白い。

会見中(於: 東京ヒルトンホテル)、 ビートルズは煙草を吹か
しながら応答している。  これが印象的。

更に壇上にいる関係者までが煙草をプカプカ。

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ここでは白黒の録画、 まだカラーが一般的じゃなかったのかな?


当時は今のような ”喫煙指定場所” など一切なし。
何処でも喫煙できた大らかな時代だった事がわかる。


              * *

この頃の独居老人、 21歳になったばかり。

近所の大衆食堂の娘たち(高校生と中学生)がビートルズの
熱狂的ファン。
ポールだ、ジョンだのと大はしゃぎしていた事が思い出される。


ビートルズを筆頭とするロックグループの流行には、 彼らの
デビュー間もない頃から批判が続出。

深夜にビートルズの宿泊先に押しかける10代の若者、 ライブ
ではキャーキャアの喚声、 そして終われば泣き叫ぶ。

これらに対し巷では、 風紀の乱れ、 青少年への悪影響といった
ことが喧伝されたりした。


遠藤周作はこれに対して、

「高校野球が終って選手たちが泣けば大人は感動するが、
 ビートルズが終って少女たちが泣けばおかしいと言う。
 少しもおかしくはない。 原理は同じだ。 いいじゃないか」

と書いている。
独居老人もそう思う。 「よくぞ書いてくれました」 で大拍手。


               * *


1965年、 ビートルズはロサンゼルスのエルヴィス・プレスリー邸へ招かれた。

この時エルヴィスはビートルズの曲を歌い、「君たちのレコードは
全部持っているよ」 と言って褒めた。

これに対してジョン・レノンが 「僕はあなたのレコードは1枚も
持っていない」 と発言。

ジョンのジョークだったのだが、 これでその場が凍りついた。

その後エルヴィスは徹底してジョンを嫌ったという。


この時エルビスは30歳、 ジョンは25になるちょっと前、
人気者の2人はまだ若かった。


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       人差し指サイン エルヴィス・プレスリー


因みにエルヴィスはこの12年後、 1977年(昭.52)に死亡、
享年42歳。

              * *

ビートルズは1962年10月にレコードデビュー、 1970年4月に
解散。

この短い活動期間で世界中を熱狂させたロックンロールバンドの
音楽は、 今もジジイの耳をとらえて離さない。



ではここで、 武道館公演で彼らが歌ったオープニング曲を
お聴きになりませんか?   (但し別の公演のものです)
            ☟
           ココをクリック



ジョン・レノンは1980年12月、 ニューヨークの自宅近くの
路上で射殺される。  享年40歳であった。

ジョージ・ハリスンは2001年に死亡、 享年58歳。

リンゴ・スターは現在75歳で健在。

ポール・マッカートニーは73歳。
今年4月下旬、 あの日本武道館ライブで勇姿を見せる。

              * *

恥ずかしながら独居老人、今70歳。 
ビートルズ東京公演は昭和41年、 そう、49年前のこと。

我が過ぎ去りし青春がビートルズのCDと共に蘇る。
若さ溢れるビートルズが変わることなくそこにある。


当時はまだ、 東京のメイン通りに都電が走っていた。


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        人差し指サイン 銀座を走る都電 (昭和42年撮影)



この頃2年付き合った恋人は今、 元気だろうか?

生きていれば69歳のお婆さん、

怖いもの見たさに会ってみたい気もするが・・・・・・・。














懐かしむだけでいいか、  

美しい想い出として・・・・・・・・・。


チェンマイって ホントいいですね!



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 06:44| Comment(6) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月09日

独居老人の生活226(色香の酔い覚め)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐226(色香の酔い覚め)



 男は放っておいても男になるが、オカマは男から抱擁され、

 キスされることによって、だんだん女になっていく。

         ハヴァロック・エリス(イギリスの医師・性科学者・心理学者)のパロディ。
         原文では、オカマではなく女です。



先日タイ・ブログランキングの幾つかを見ていたら、タイの徴兵くじ引き会の模様が掲載されていた。

特徴はオカマちゃんの参加。

独居老人が読んだのは3つのブログ、各々写真が出ており、興味津々で眺める。

その写真のオカマ嬢の美しいこと、本モノの美女より魅力的。


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          人差し指サイン タイ人の男性です。


こんなのが軍隊にいたら、周りの男は発情して戦闘意欲が高まると思うが・・・・・・。

                * *


正直言って、ジジイはオカマ嬢と肌を合わせた事は一度もない。

女だと思い込み、熱戦の途中で男と気づく、こんな経験を持つ友人なら数人知っている。

男と気づいた後、その友人たちはどうしたのか? 

恐らく、「ここまで来たらからには後には引けぬ、えーいままよ」
と続行したものと思う。

彼らは口を濁すだけ・・・・・・・・・・。

              * *


独居老人が東京に住んでいた頃、ニューハーフと呼ばれる彼女たちに遭遇した事は少なからずある。


印象に残るのはジジイが26歳の頃か。
赤坂のオカマクラブに行った時のことである。

一緒に行ったのはジジイの友人と、渋谷の行きつけのバーのホステス二人。 彼女たちに看板後連れて行かれたのだ。


そのクラブのホステスは全てニューハーフ。
彼らの芸達者な接客は客を飽きさせない。


看板になり、我々に付いたオカマの一人を誘って近くのラーメン屋に行く。

窓際の席に座り、ラーメンを食べながらお喋り。

「クラブで働く前は何をやってたの?」


オカマが答える。
「トラックの運転手よ、体がキツイの・・・・・・・・」



丁度夜が明けてきて、光がオカマの顔を射す。

喉仏がくっきり見える。

ラーメンの湯気で少し化粧が落ちたその顔、間違いなくトラックの運転手、醜男だった。



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  写真はイメージ画像。 こんな感じのオカマだった。




独居老人、完全に酔いが覚めてしまった。

                * *


もう一つ記憶に強く残るのが池袋西口のクラブ、ここへ友人と行った時のこと。 ジジイが40代前半の頃だったか。


この店は普通の店、ホステス数人がお相手してくれる。

だが一人だけニューハーフのホステス嬢がいて、ジジイのテーブルに付いてくれた。

この彼女、他のホステス(真の女)より余程に美人。
加えて喋りが上手く、我々を楽しませてくれた。


ジジイは上機嫌で酩酊、勘定を済ませ店の外へと出る。
勿論オカマ嬢も見送りの為、ジジイの腕に手を掛けて表まで付いて来る。

「君は本モノの女よりも魅力的、ホント綺麗だね」

とジジイは囁きながら、おふざけでオカマ嬢の頬っぺに「チュッ」
とキスの素振りをした。




その途端、彼女はいきなりジジイの唇にブチュ。


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写真はイメージ画像。 こんな感じの惚れ惚れする美人だった。


独居老人、これが男と唇を合わせた経験、最初にして最後。



通りの角に入って直ぐ、何故か手の甲で口を拭(ぬぐ)う。





酔いが覚めてしまった。


こりゃダメだ。

チェンマイって ホントいいですね。




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 00:12| Comment(6) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする