2016年07月25日

独居老人の生活605(写真展・戦後日本の変容)


    ”チェンマイ独居老人の生活” は低俗娯楽ブログです。
     紳士・淑女、 18歳未満の方はご遠慮ください。
   (今回は一般的内容で、 どちら様にもお読み戴けます)



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐605(写真展・戦後の日本)


       回復を通じての成長は終わった。  

       もはや戦後ではない。

      今後の成長は近代化によって支えられる。


                                    昭和31(1956)年の経済白書


あれっと思った。
こんな所にニワトリがいる。  何処から来たのだろうか。

     pict-DSCN7549.jpg



ここは和食店 「ぼたん」、 ジジイが行ったのはランチの時。

     pict-DSCN7550.jpg


ジジイはBeer Changに好物のチキンロース焼きを注文。

そのチキンロース焼きがテーブルに運ばれて来る。

ジジイはさっき見たニワトリを探した。

料理され、 この皿の上に乗っかっているんじゃないかと......



ニワトリは、 まだ後ろのテーブルの下を歩いていた。
忠告してやりたい。

 「食われちまうよ、 早く帰んないさい!」 って。


                * *


今、 写真展 「戦後日本の変容」 が開催されている。
7月8日〜8月28日 (月曜・祝日休み)  入場無料。
場所はチェンマイ大学アートセンター (ココをクリック)。


ジジイは先日この写真展を観てまいりました。

今日は印象に残った写真の数々を取り上げます。
写真家名は省略、 写真の配置はランダム(年度順無視)。

では、 本ブログにて戦後の日本、 その香りをどうぞ!


@ 会場入り口。 写真展は建物の2階で開催。

pict-DSCN7607.jpg




A 砂川騒動 (1955年撮影)
  在日米軍立川飛行場(立川基地)の拡張反対の住民運動。

pict-DSCN7611砂川騒動1955土門拳.jpg
     ☝ 現在は国営昭和記念公園として都民の憩いの場。




B 東京・銀座の若者 (1960)

pict-DSCN7614銀座1960.jpg




C   同上 (1962)

pict-DSCN7616.jpg
    ☝ このあとみゆき族が現れ、 「平凡パンチ」 が人気。





D 日本橋三越でのファッションショー (1956)

pict-DSCN7619日本橋三越ファッションショー1956.jpg
    ☝ 三越も今は 「三越伊勢丹」、 時代とともに変遷。





E 東京・サラリーマンの出勤風景。
  これは今も昔も同じ、 変わりませんね。
  でも服装・髪型が違ってきてるかな。

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F 川に映る広島・原爆ドーム。
   年年歳歳 ドームは永遠不滅です。

pict-DSCN7618.jpg





G 長崎県軍艦島 (1954〜1957)
   今じゃ世界遺産ですわ。

      pict-DSCN7625.jpg



H   同上

pict-DSCN7623長崎・軍艦島1954~1957.jpg





I 青森県谷内(やち)温泉の混浴 (1957)
  セクハラもへったくれもありません、
  ラッシュアワー通勤レベルの混浴です。

pict-DSCN7621青森の混浴温泉1957.jpg





J 秋田県大曲の女性 (1953)
  まさに秋田美人、 美しい! と思わず見とれます。

pict-DSCN7631秋田県大曲1953.jpg





K 東京・上野公園の花見 (1954)
 今も昔も変わらない光景でしょうか。 最近茣蓙を敷かないね。

pict-DSCN7627上野の花見1954.jpg





L 東京・下町の洪水 (1959)
  スカートをまくり上げた女の子が可愛いです。

pict-DSCN7629東京下町の洪水1959.jpg





M 東京・品川駅、 解放された兵士たち (1946)
  嬉しかったでしょうね、 生きていて........

pict-DSCN7635品川駅・解放された兵士1946.jpg





N 東京・大森、ゴミ捨て場にできたバー (1950)
  こんなバーでもあるだけマシの時代だったのかな。

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O 皇居前広場の人 (1963)、 二重橋でしょうね。

pict-DSCN7642皇居前広場1963.jpg





P  皇居前で米国水兵と日本人女性 (1954)
   この頃アメリカ人はみーんな大金持ちだと思ってました。

pict-DSCN7648皇居前広場1954.jpg
       ☝ 有吉佐和子著の小説、 「非色」 を思い出す。
         「悪女について」 に次ぐ大好きな有吉作品です。




Q会場内にあるパネル。 来場者はこの前で記念撮影OK。
  戦後1945〜1964年の大変貌、と書いてある。

pict-DSCN7644.jpg





R 銀座でMPが手信号 (1946)
   この頃は進駐軍の鶴の一声で........

pict-DSCN7646銀座・MPの手信号1946.jpg





S 東京・本郷森川町(1953)
   森川町、 この漢字でいいんでしょうかね。

pict-DSCN7650本郷森川町1953.jpg





㉑ 東京で紙芝居を見る子供たち(1953)
  ジジイもこのような目で見てたんだろう、 懐かしい!

pict-DSCN7654東京・紙芝居を観る子供たち1953.jpg

拍子木とかラッパを鳴らして子供を集めてた。
ここ頃あって、 今は殆ど見かけなくなった商売はたくさん。

下駄屋、 駄菓子屋、 タバコ屋、 金魚売り、 焼きイモ屋、
屋台のチャルメラ屋、 畳屋は少ない、 産婆はまだいるのかな、

個人商店の魚屋・八百屋(今はスーパーか)、 銭湯は変身、
富山の薬売りは?  ゴム紐などの押し売りはいないでしょ? 





㉒ 新宿の歌声喫茶 (1957)
 ジジイも行きましたよ。 だけど演歌、猥歌は歌った記憶なし。

pict-DSCN7656新宿・歌声喫茶店1957.jpg





㉓ 東京・浅草の赤線地域 (1954)
 タバコを吹かしながら客を待つ娼婦かな、  イイネ!

pict-DSCN7652浅草赤線街1954.jpg
     ☝ 赤線も消えた、 でも形態を変えて今も.......





㉔ 会場1階にはこんな石がドンと1つだけ (これは現在)

pict-DSCN7659.jpg



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       ☝ 京都・龍安寺の石庭が思い浮かぶ。
         でも砂利がない、 それに石が1個だけ。




これが龍安寺の石庭。
pict-Ryoan-ji_3.jpg





最後に日本の典型的美男子、 彼の15歳ころの写真です。
  (1960年ころ撮影)

               ☟

pict-DSCN7060.jpg
      ☝ まだあどけなさが残る中学生の独居老人です。


お恥ずかしいが、 これも戦後の日本。
バナナがこれほど美味いものとは・・・・そんな時代でした。

昭和20年生まれ、 現在71歳のジジイの写真を載せれば、 これぞ戦後日本の大変貌がくっきり。

お見苦しいので割愛します。



会場にはまだたくさんの写真が展示されてます。
是非皆さまも足をお運びください。  いいですよ。


懐旧の念に浸る、 当時が蘇る、 あの時ボクは若かった、

それが今じゃこんなに老いぼれて・・・・・・
そんな思いがいたします。


でもね、 今日も元気に














  おネーちゃんと................(現在のチェンマイ)

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  チェンマイって ホントいいですね!




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 07:30| Comment(4) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

独居老人の生活592(アンネの日記)


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自宅のネット (TOT) が繋がらず、 今カフェーのWi‐Fiを使って
書いております。



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐592(アンネの日記)


    過ぎ去った恋の思い出は、

    それが強く記憶にとどまっている時には、
    恋をしていた時にも劣らず魂を奪うものである。


                                         ジャン・ルイ・ヴォイドワイエ



今から52年前、 1964年のこと。
ジジイが19歳になって間もない頃、 喫茶店の店員をやったことがある。

ウエーターだったが、 時々カウンター内に入り、 コーヒーやパフェ、 フルーツポンチなども作った。

勿論調理師免許なし、 だがトーストしてパンくらいは出せる。


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         ☝ 19歳の時のジジイ、 童貞です。

  

1階がパチンコ屋で、 喫茶店はその2階、 店内は広くてテーブル席が多く、 結構繁盛していた。

店は東京の西武池袋線沿線にあったので、 俳優の千葉真一が
来たことを覚えている。
同じ沿線の大泉学園駅には、 東映の撮影所があったのだ。


ウエーターはジジイだけ、 他はウエートレスが3,4名。

その内の1人にジジイは恋をした。

25歳、 ジジイより6歳年上の人妻で、 亭主はレストランのコックと聞いた。

毎日好きな女性と一緒にいて、 その上給料が貰える、 これほどに楽しい仕事はない。

               * *


そうしたある日、 ジジイは彼女を誘ってみた。
彼女はOK、 待望のデートである。

仕事終了後、 2人で近くの豊島園遊園地に出かける。
次に食事、 最後にジジイ行きつけのバーへ。

バーのママやホステスたちは、 喫茶店に客として顔を出していたので人妻とは顏見知り。
盛り上がって、 彼女と別れたのは夜の0時を過ぎていた。

               *

今でもしっかりと覚えているのが豊島園でのこと。
2人して園内の池でボートに乗る。

ジジイが漕いでいると、 彼女が 「私が替わってあげる」 と言う。

で、人妻が櫂(かい)を取り、 漕ぎだしたまでは良かった。
だがオールが水面を跳ね、 水がジジイの顔や体に跳ね返る。

人妻は笑いながら、

「ごめんなさい、 これで拭いて・・・・」

ハンドバッグの中からナプキンを取り出してジジイにくれた。
年上女性のやさしさにジジイの胸はズキーンと......

ジジイがそれで顏を拭いていると、 人妻はクスクス笑う。







そのナプキンはアンネ (生理用品) だった。


pict-DSCN7010.jpg
                  ☝ 
  ジジイと年上の人妻。  彼女が生きていれば今77歳。
     (昭和39年、 職場の喫茶店内で撮影)

              * *


翌日、 職場の喫茶店で顔を合わせるなり、 人妻は言った。

「帰ったら主人に怒られちゃったー、 もう行けないわよ」


それから暫くして、 ジジイは喫茶店を辞めた。
指1本触れることなく、 恋しい女(ひと)との別れ。

触れたのは彼女が使うアンネだけ。


 「40年間お待たせしました」













 そのアンネもいつの間にか消えた。


チェンマイって ホントいいですね!

   


posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:36| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月16日

独居老人の生活575(わが昔の上司)


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   (今回は一般的内容です、 どちら様にもお読み戴けます)


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         ☝ ワット・チェルディアン(場所はココをクリック)



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      ☝ ワット・チャイモンコン(場所はココをクリック)



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐575(わが昔の上司)


      私は対象を見たままにではなく、
      私が思うように描くのだ。
                                       パブロ・ピカソ


昨日(15日)、 舛添東京都知事が辞任。
これで退職金2,200万円を受け取ることができる。

知事は、 7月から自分の給与の50%ならぬ全額をカットする条例案を議会に提出していた。

仮にこれが可決、成立し、 7月以降に辞職していたら、 退職金は
ゼロになったそうな。

しかし舛添知事は、 辞表提出とともに同条例案を撤回。
そこはしっかりと....さすがだと思う。

                * *


昨日はジジイの元上司お2人とランチの飲み会。
場所は新宿・歌舞伎町の店名 「トラノコ」。

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右側のスキンヘッド・Tさんは昭和6年生まれの84歳。
ジジイの30歳前後の時の課長で、 4年ほど仕えた。

しかし課長として異動はあったが、 11年間同じ部門で働いた。
Tさんとは私的な海外旅行を度々ご一緒している。

韓国、  中国(2回)、  ソ連、  台湾、  マレーシア(2回)、
インドネシア、  エジプトだ。

ツアー参加の場合もあるし、 2人だけの個人旅行もある。
Tさんは夜の盛り場・オンナには関心なく、 歴史・文化を学ぶ実に真面目な旅を堪能、 写真好き。

ジジイは、 歴史・文化はチョットだけ、 夜遊びの方が好き。
それでも嫌な顔をなさらずに付き合ってくださった。

               *

左側のYさん(75歳)には約7年間お世話になる。
ジジイの40代、 海外部門とアメリカ勤務でYさんの麾下に....

ジジイのサラリーマン人生で一番長く仕えた上役である。
チェンマイには2度、遊びに来てくださった。

いずれも2週間の滞在、 その間メーサイ、 ゴールデントライアングル、 スコータイなどを旅行。

ジジイが一緒の場合、 宿泊はいつも350〜450バーツ/泊の安ホテル。  申し訳ないが貧乏なジジイに合わせて戴く。

長く運転手付き社用車に乗っていたYさんは裕福。
チェンマイへの往復飛行機はビジネスクラスを使うほどだ。

そんなYさんの趣味の1つが絵を描くこと。
チェンマイ滞在中も暇を見つけては写生に出かける。

絵は全てその場で完成させるのが基本。
写生中は見物するタイ人で引きも切らずであったという。

TさんとYさんの共通点は、 引退後は対等な付き合い、 上役風を吹かさない....にある。


Yさんのスケッチを見て、 チェンマイに思いを馳せる。
               ☟
   (興味のない方はスルーしてください)

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これはチェンマイ・プラザホテルの部屋から眺める。
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                * *


サラリーマンは上司次第、 しかしその上司は選べない。
そこに運・不運があり、 人生の明暗が分かれることに・・・

この日お2人とご一緒(3人同席は初めて)して想起する。

ジジイはつくづくラッキーであったと....


この日の勘定は、 感謝の気持ちでジジイの奢り。










と思ったが...........割り勘で店を後にした。


こりゃだめだ。

チェンマイって ホントいいですね!




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 08:14| Comment(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする