2020年02月14日

独居老人の生活1777(恋するより徳をしろ)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1777(恋するより徳をしろ)


 今日はこんな人たちが笑顔になる日。

   高級ホテル、 高級レストラン、 花屋、

  そしてお菓子屋とチョコレートメーカーと歯医者。

                             

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                * *



@ カントリーライブ。

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2020年2月15日(土) 20:30〜22:30
場所: Cha Cha Bar  (地図はココ
    電話:085 742 4091

入場無料、 飲食するだけです。
ライブ開始は8時半だが、 店は午後4時からオープン。

カントリーソングなど懐メロポップスを楽しもう!


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A バレンタインデーの思い出。

タイのバレンタインデーでは日本と異なり、 男性から女性にプレゼントする。
女性から男にチョコをあげるのは日本だけのようだ。


ジジイだってこの日は女性と一緒にディナーを楽しみたい。
で、 これまで数人の女性を誘ったことがある。

チェンマイで最初に食事に行ったのはこちらの女性。
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彼女(当時33歳だったか)に出会ったのは今から10年以上前。
お堀端にあったカフェ・レストランで働いていた。

夜の仕事なので夕食は1度もない。
バレンタインデーの時も仕事。

ジジイはカウンター席に座り、 彼女の仕事ぶりを眺めていた。
勿論お喋りはしたがただそれだけ、 後にジジイは振られた。

               * *


次の女性(当時28歳)とは友人の紹介で何度か食事をしたが....

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ある年(7,8年前)のバレンタインデー。

ジジイはディナーに誘ったが、 こう言われた。
「チェンマイまで遠いので....」

彼女の住まいはチェンマイから車で30分の郊外。
なんやかんやで間もなく終わった、 ただそれだけ。

               * *


彼女(当時31歳)はチェンマイのとある四つ星ホテルの従業員。

レストラン部門にいたので、 バレンタインデーの日に、 バラの花(と言っても2〜3本)を持って飲みに行った。

その後、 上手く誘い出してランチを一緒するようになる。 
数回目のランチデートの時、 彼女はこう切り出した。

「このストッキングを履けば血行が良くなり健康になるのよ」

で、 彼女は 「これを買って欲しい」 と言う。
値段を訊いて驚いた、 1セット3000バーツ。 (勿論お断わり)

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このあと数ヶ月してバレンタインデーがやって来た。
ジジイが友人の爺さんとランチをしていたら、 彼女から電話。

「バレンタインデーなのにどうして誘ってくれないの?」

「今、 ここで友達とランチしてるよ」

こう告げたら、 彼女はそのレストランに飛んで来た。
ジジイは食事だけ奢り、 素っ気ない態度で別れた。

それ以来、 彼女から連絡はない、 ジジイも誘わない。
要りもしない高額商品を買わされるんじゃ....

5年前のこと.....ただそれだけ。

               * *


友人の紹介で何度か食事した彼女は当時27歳。

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バレンタインデー、 意気込んで夕食に誘ってみた。

「xxx(友だち)連れてっていい?」 と彼女。

この友だちは既に3,4回、 彼女が連れてきていた。
3人で食べるのだが、 とにかく酒豪の友だち。

ウィスキーのボトル1本を注文したり、 料理は多めに注文しテイクアウトする。

「2人でなきゃ....」 と言ってジジイから断った。

これも5年前のこと....ただそれだけ。

                 * *


和食店でジジイがナンパして付き合うようになったこの彼女。
ある年のバレンタインデー、 夕食を付き合ってくれた。
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勿論、 ジジイは花束を彼女に贈る。
その時、 彼女(当時28歳)に訊いてみた。

「花とお金、 どっちが欲しい?」

「両方、 欲しいわ!」

率直な女性で、 10回以上は一緒に食事したろうか。
結局、 ただそれだけで....会わなくなってしまった。

                * *


この彼女にもバレンタインデーの思い出がある。
ドラッグストア勤務の彼女は夜8時に仕事を終える。

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ジジイが2月14日、 彼女(当時28歳)を夕食に誘ったら、

 「疲れているからダメ....」

「じゃあ花束だけ持って行く、 受け取ってすぐ帰ればいいよ」

 「花は私、 好きじゃないの」

結局、 会えずじまい。
どうも男がいたようで、 間もなくして会わなくなった。

3年前のこと.......ハイ、 それまでよ。

               * *

ならばと今年に期待、 たまに飯を一緒する飯友をLineで誘う。

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「明日はバレンタインデー、 花束持って行くから...」

「私、 花は要らないわ....すぐ枯れてしまうでしょ?」

今年もバレンタインデー、 ジジイ1人で過ごすことになりそう。


ということで今このブログを書きながら、 他に誘う女性はいないかと思案するが、 誰も思い浮かばない。 


ジジイの付き合い方の特徴は、 指1本触れずに終わること。
なので当然、 別れに際してのいざこざも後腐れも何もない。

これを喜んでいいのかは考えもんだが....
それでもこんな爺さんに若い女性が付き合ってくれる。

チェンマイに来て本当に良かった..と実感している。


              * *

で、 皆さま、
奥さまや恋人に花を贈れば、 きっとお喜びになると思います。

花束にレターを添えて....「I love you」 と書きたいもの。
貴方の変わらぬ愛をバレンタインデーに伝えるのです。


もらった彼女は言うでしょう。






「あら、 封筒にお金、 入ってないわよ!」


チェンマイって ホントいいですね!   




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:19| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月08日

独居老人の生活1462(覆面レスラー)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1462(覆面レスラー)


 成り行きと言うと無責任なイメージを持つけど
 これほど強いものはない。

 つまり、 自然の流れに逆らわずに正直に生きるってこと。

                                   ジャイアント馬場 (プロレスラー)


ジジイが生まれて初めて覆面プロレスラーを見たのは昭和36年で、 16歳の時だった。

当時のプロレス人気は最高潮、 我らの英雄は力道山。
その頃、 第3回ワールドシリーズで、 覆面プロレスラーMr.X が
登場したのだ。

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黒覆面姿は不気味に感じたが、 Mr.Xはリング上でも強かった。
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   pict-bill_millerミスターX.jpg


しかし主催した 「日本プロレス」 はこの時、 密林の野獣ことグレート・アントニオを目玉に使う。

デモンストレーションでは、 彼に大型バスを引っ張らせる。
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   pict-グレート・アントニオのバス.jpg



リングに登場の際は、 暴れないよう鎖で引っ張られて現れる。
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このグレート・アントニオは、 日本のレスラーをみな粉砕。 

そのくらい強いということで、 彼の人気は絶大なものに.....
力道山はアントニオに勝てるんだろうか?

ジジイはドキドキしながら、 テレビでワールド戦に釘づけ。
固唾を飲んで見ていたら、 力道山はあっけなく勝ってしまう。

鳴り物入りのグレート・アントニオは、 本当は弱かった。
今度はMr.Xが彼と対戦する。

Mr.Xは、 リング上でアントニオの長パンツを下ろし、 尻まで観客に見せて翻弄、 Mr.Xの勝利はカッコよかった。

                  * *

そのMr.Xより遥かに人気を得たのがザ・デストロイヤーだ。

昭和38年5月、 日本プロレスに初来日して力道山と対戦。
得意技の足4の字固で全国に一大センセーションを巻き起こす。

同年、 東京体育館で行われたWWA世界選手権は平均視聴率64%を記録、 これまで歴代視聴率4位にランクされている。
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   pict-ザ・デストロイヤー2.jpg
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      力道山を苦しめるザ・デストロイヤー。

力道山とのシングルマッチは通算1勝1敗2分。 
デストロイヤーは1993年に現役を引退。

彼は日本テレビの番組 『金曜10時! うわさのチャンネル』 (司会:和田アキ子)にレギュラー出演。

強いデストロイヤーが和田にイジられるコメディアンとして人気を博した。
   pict-ザ・デストロイヤー(左)と和田アキ子.jpg

                 * *

ザ・デストロイヤーが残した功績は、 覆面レスラーの人気を不動にさせたこと。

影響を受けたのだろう、 その後の日本では、 覆面日本人レスラーが大勢現れる。

  タイガーマスクなどその典型だ。
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  しかしタイガー魔法瓶を被ったレスラーは出なかった。



その後はタケノコの如く覆面レスラーが誕生する。
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   pict-覆面プロレスラー3.jpg



   みんなで覆面、 誰が何やら分からない。
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 Mr.Xの黒一色が強そうに見えたのだが.....
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   ナニ考えてんだか・・
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          ☝ タイガーマユユ、 何だいこれ。


マンネリ化した現在、 今後こんな覆面レスラーに期待がかかる。

         
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覆面ブームを作った男、 デストロイヤーも不死身ではない。
昨日(3月7日)、 米国バッファローの自宅で死去(享年88)。


デストロイヤーのマスクは、 女性用のガードルから誕生。
購入したガードルを妻が加工し、 マスクとして使用していた。

奥さんと一緒に女性用下着売り場に行き、 変な目で見られた由。
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   pict-女性用のガードル.jpg
        ☝ 覆面に化けたガードル。


デストロイヤーは、 日本では覆面をとらなかったという。

空港での入管の際も 「デストロイヤーです」 と言って通った。
覆面したままで......このエピソード、 本当かな?

運転する時も覆面ドライバーだったそうだが、 覆面パトカーに捕まったという話は聞いていない。

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ザ・デストロイヤーの素顔は、 優しい感じ。

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        ☝ 通称Dick Beyerのデストロイヤー。





 さらば、 我が青春よ!


チェンマイって ホントいいですね!





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:20| Comment(4) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

独居老人の生活1048 (一線を越えたら・・・)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1048(一線を越えたら・・)


  性欲がなくなったとき、 青春は終わりを告げる。

  最大の特権は、 年をとっても性欲を保つことである。

                                          チェンマイ独居老人


歌手・はしだのりひこが鬼籍に.......

昨日(12月2日)、 パーキンソン病のため死去(72歳没)。
ジジイも今72歳、 同世代だけに身につまされる。

1968年に大ヒットしたフォーク・クルセダーズの 「帰って来たヨッパライ」 は衝撃的だった。


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    左からはしだのりひこ、 北山修、 加藤和彦。



ではジジイの好きな彼らの曲、 「イムジン河」 をどうぞ!
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https://www.youtube.com/watch?v=1-eJDL3zLCQ

               * *

はしだのりひこの面白い点は、 バンドを作っては解散の繰り返し。

・ドゥーディ・ランブラーズ
・ザ・フォーク・クルセダーズ(1968年解散)

・はしだのりひことシューベルツ(1968年〜1970年)
・はしだのりひことマーガレッツ

・はしだのりひことクライマックス
・はしだのりひことエンドレス


最後はソロ活動に入り、 最期はソロのままあの世に行った。

でも、はしだのりひこのそっくりさんがまだ健在だ。


                    ☟


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             ☝ 右は歌手のイルカ。



2017年4月、「きたやまおさむ〜と京都フォークの世界」 にゲスト出演。 車椅子で約10年ぶりに表舞台に姿を現した。

10年ほど前から 「筋肉が縮む病気」 を患っていたと公表。
このライブ後に京都の病院に入院、 これが公の最後の場となる。


ヒット曲は数多く、 ジジイの青春時代そのものであった。

   「風」
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  「さすらい人の子守唄」
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   「花嫁」
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                * *


勘定すると、 はしだのりひこは62歳から闘病生活。
フォーククルセダーズの加藤和彦は62歳で自殺した。

栄光の音楽人生、 人気スターだったけに、 彼らの晩年には寂しいものがある。


ジジイは60歳から第2の青春を謳歌し始めている。
しがないサラリーマンだったが、 この12年は至福の時代だ。

乏しい年金だが、 チェンマイでなら快楽も味わえる。
やはり健康第一、 今後も弛むことなく下半身強化に励みたい。

                * *


ジジイが23歳の頃、 病院の栄養士さん(当時22)と付き合った
ことがある。

病院に電話して食事に誘ったら、

「患者さんとはお付き合いできません」 のつれない返事。

「俺はもう患者じゃないよ、 治ったから....」

で、 1年ほど付き合ったか。


彼女はジジイのアパアートに1泊したことがあった。
その時が初めてのキス、 下着(パンティ)を下げにかかったら、

 「酔ってる時はイヤ....」 


ジジイはその後、 ”一線を越える” 気は失せてしまった。
当時は素人娘と肉体関係になると → 責任をとる → 結婚へ。

ジジイには彼女と結婚する意思はなかった。
まあ可愛い娘ではあったが、 如何せんリビドーが起きてこない。

結局、 清い関係で付き合いは終了(本当です)。

その頃である。
その彼女とよく通ったカフェで流れていた曲。

ジジイはビールを飲みながら何度も聴いた。
この歌を耳にすると当時を思い出す。
               ☟
https://www.youtube.com/watch?v=ugtGClQLUdQ



はしだのりひこは昨日あの世に......

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 ジジイの青春は遥か彼方に......
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                  ☝ 
   独居老人、 21歳のとき....童貞はなくしてました。



元気なら彼女は現在71歳、  今、会えばお互い.....










 老醜.....目も当てられない。


チェンマイって ホントいいですね!

posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:27| Comment(10) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする