2017年01月20日

独居老人の生活765(性的陶酔の悲劇)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐765(性的陶酔の悲劇)


    性的陶酔を悲劇のテーマにするのは、
    専門的見地からいって反対である。

    経験によれば、 あれは喜劇の世界のものである。

                               バーナード・ショー (アイルランドの劇作家)


ジジイは若い頃、 ソープランドに結構行ったものだ。
しかし40代半ばまで、 その頃でソープも最後になった。

その最後、 思い出のソープランドと言っていいか。
場所は東京・渋谷の繁華街、 その店に行くのは2度目であった。

会社の後輩が夕食後、 「行きましょうよ」 と誘う。
彼とは過去2回、 一緒にソープに行っている。


後輩の奥さんは評判の美人、 社内結婚で子供もいる。
酒、 オンナ、 賭け事、 煙草をやらず、 某国立大学哲学科を出た超真面目人間なのだ。

そんな後輩でもたまにはソープに行き、 性的陶酔に浸りたい気持ち...これは理解できる。

しかしジジイは言った。
「家に帰って美人の奥さんとヤリなよ、 タダなんだから」

その時彼の漏らした言葉を今でも覚えている。


「女房は女じゃありません、 もう ”おかあさん” なんです」


               * *


普通のサラリーマンが、 息抜きにソープランドへ行くなら問題は
起きない。  女房に内緒にしておけばそれで済む話。

しかし男が現職国会議員、 しかも元大臣となると厄介だ。
週刊誌がスクープしてスキャンダルに......悲劇の始まりか?


今回のその矢面に立つのは、 新藤義孝元総務大臣(58)。

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明治大学文学部を卒業。  川口市役所勤務後、 1991年川口市議会議員に転身、 政界の道を駆け上がる。

2006年、 48歳で一回り年下の女性と再婚、 子供が2人いる。


新藤議員は2012年、 米国の地方新聞に韓国の慰安婦に関する意見広告を掲載、 次のように主張。

「女性が意思に反して日本軍に売春を強要されていたとする歴史的文書は発見されていない」

「慰安婦は 『性的奴隷』 ではない。 彼女らは当時世界中のどこにでもある公娼制度の下で働いていた」

中々骨っぽい主張をなさる国会議員のようだ。

加えて 「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」 に参加、 毎年同神社に詣でている。

それもそのはず、 彼の母方の祖父は硫黄島で玉砕した栗林忠道陸軍大将。
クリント・イーストウッド監督の映画、 「硫黄島からの手紙」 の主人公である。

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             ☝ 栗林忠道を演ずる渡辺 謙


ではここで新藤議員と朝日新聞記者との、 靖国参拝をめぐる論戦をご覧なってください。
                 ☟
https://www.youtube.com/watch?v=7WnUj3lpX-Y


                * *


そんな新藤議員が、 新年早々吉原のソープランドに”詣でる”。
2017年1月10日、 店の待合室にいる議員が激写された。


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         ☝ 写真は 「週刊新潮」 今週号より。


新藤議員は店の常連らしく予約して入店、 馴染みのサービス嬢を待っている。

吉原には自分で車を運転して行く.... 一般人と変わらない。
なんと好感のもてる国会議員ではないか。

店の料金は、 入浴料3万円 + サービス料5万円 = 計8万円の超高級店とか。

ジジイが行った吉原の店の中で、 最高料金は計4万円だった。
今から35年ほど前の話だが、 当時としては高級店。

お客を連れて行く(接待)わけで、 いい店であることが必須条件。
高級店が置くのは、 テクニック抜群の美女だけだ。


新藤議員は一人で行って自腹、 ジジイから言わせればどうって
ことないソープ訪問だ。

80代の爺さんも行くソープ、 美女に体を洗ってもらうだけで満足して帰る客もいる。 
58歳の議員はどうだったか、 それは分からない。


ジジイに分かることが1つ。

議員にとっての奥さんは女でなく、 もう ”おかあさん” だと思う。


人間だもの、 性的陶酔も したいわな。











ジジイも負けずに行こう.....チェンマイ 「喜劇の世界」 へ。


チェンマイって ホントいいですね!

 (後記)
新藤義孝議員は脇が甘いというかそれ以上に股間が甘い。
過去にも女性スキャンダルで週刊誌を賑わせた。

彼は誘った女性を全裸にしてカメラに収める趣味があるようで、
ヘンな性癖が暴露されたりする。

この程度の話だから収束したのかもしれない。
ジジイはイギリスの 「プロヒューモ事件」 を思い出してしまう。

1962年、 当時のプロヒューモ陸相が、 ソ連側のスパイと親交があった売春婦キーラーに国家機密を漏らしたと疑われた事件。

これが政権の崩壊につながり、 「20世紀最大の英政界スキャンダル」 といわれている。

新藤くん、 議員を取るか女を取るか、 どっちかにせい!





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 11:12| Comment(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

独居老人の生活605(写真展・戦後日本の変容)


    ”チェンマイ独居老人の生活” は低俗娯楽ブログです。
     紳士・淑女、 18歳未満の方はご遠慮ください。
   (今回は一般的内容で、 どちら様にもお読み戴けます)



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐605(写真展・戦後の日本)


       回復を通じての成長は終わった。  

       もはや戦後ではない。

      今後の成長は近代化によって支えられる。


                                    昭和31(1956)年の経済白書


あれっと思った。
こんな所にニワトリがいる。  何処から来たのだろうか。

     pict-DSCN7549.jpg



ここは和食店 「ぼたん」、 ジジイが行ったのはランチの時。

     pict-DSCN7550.jpg


ジジイはBeer Changに好物のチキンロース焼きを注文。

そのチキンロース焼きがテーブルに運ばれて来る。

ジジイはさっき見たニワトリを探した。

料理され、 この皿の上に乗っかっているんじゃないかと......



ニワトリは、 まだ後ろのテーブルの下を歩いていた。
忠告してやりたい。

 「食われちまうよ、 早く帰んないさい!」 って。


                * *


今、 写真展 「戦後日本の変容」 が開催されている。
7月8日〜8月28日 (月曜・祝日休み)  入場無料。
場所はチェンマイ大学アートセンター (ココをクリック)。


ジジイは先日この写真展を観てまいりました。

今日は印象に残った写真の数々を取り上げます。
写真家名は省略、 写真の配置はランダム(年度順無視)。

では、 本ブログにて戦後の日本、 その香りをどうぞ!


@ 会場入り口。 写真展は建物の2階で開催。

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A 砂川騒動 (1955年撮影)
  在日米軍立川飛行場(立川基地)の拡張反対の住民運動。

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     ☝ 現在は国営昭和記念公園として都民の憩いの場。




B 東京・銀座の若者 (1960)

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C   同上 (1962)

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    ☝ このあとみゆき族が現れ、 「平凡パンチ」 が人気。





D 日本橋三越でのファッションショー (1956)

pict-DSCN7619日本橋三越ファッションショー1956.jpg
    ☝ 三越も今は 「三越伊勢丹」、 時代とともに変遷。





E 東京・サラリーマンの出勤風景。
  これは今も昔も同じ、 変わりませんね。
  でも服装・髪型が違ってきてるかな。

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F 川に映る広島・原爆ドーム。
   年年歳歳 ドームは永遠不滅です。

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G 長崎県軍艦島 (1954〜1957)
   今じゃ世界遺産ですわ。

      pict-DSCN7625.jpg



H   同上

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I 青森県谷内(やち)温泉の混浴 (1957)
  セクハラもへったくれもありません、
  ラッシュアワー通勤レベルの混浴です。

pict-DSCN7621青森の混浴温泉1957.jpg





J 秋田県大曲の女性 (1953)
  まさに秋田美人、 美しい! と思わず見とれます。

pict-DSCN7631秋田県大曲1953.jpg





K 東京・上野公園の花見 (1954)
 今も昔も変わらない光景でしょうか。 最近茣蓙を敷かないね。

pict-DSCN7627上野の花見1954.jpg





L 東京・下町の洪水 (1959)
  スカートをまくり上げた女の子が可愛いです。

pict-DSCN7629東京下町の洪水1959.jpg





M 東京・品川駅、 解放された兵士たち (1946)
  嬉しかったでしょうね、 生きていて........

pict-DSCN7635品川駅・解放された兵士1946.jpg





N 東京・大森、ゴミ捨て場にできたバー (1950)
  こんなバーでもあるだけマシの時代だったのかな。

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O 皇居前広場の人 (1963)、 二重橋でしょうね。

pict-DSCN7642皇居前広場1963.jpg





P  皇居前で米国水兵と日本人女性 (1954)
   この頃アメリカ人はみーんな大金持ちだと思ってました。

pict-DSCN7648皇居前広場1954.jpg
       ☝ 有吉佐和子著の小説、 「非色」 を思い出す。
         「悪女について」 に次ぐ大好きな有吉作品です。




Q会場内にあるパネル。 来場者はこの前で記念撮影OK。
  戦後1945〜1964年の大変貌、と書いてある。

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R 銀座でMPが手信号 (1946)
   この頃は進駐軍の鶴の一声で........

pict-DSCN7646銀座・MPの手信号1946.jpg





S 東京・本郷森川町(1953)
   森川町、 この漢字でいいんでしょうかね。

pict-DSCN7650本郷森川町1953.jpg





㉑ 東京で紙芝居を見る子供たち(1953)
  ジジイもこのような目で見てたんだろう、 懐かしい!

pict-DSCN7654東京・紙芝居を観る子供たち1953.jpg

拍子木とかラッパを鳴らして子供を集めてた。
ここ頃あって、 今は殆ど見かけなくなった商売はたくさん。

下駄屋、 駄菓子屋、 タバコ屋、 金魚売り、 焼きイモ屋、
屋台のチャルメラ屋、 畳屋は少ない、 産婆はまだいるのかな、

個人商店の魚屋・八百屋(今はスーパーか)、 銭湯は変身、
富山の薬売りは?  ゴム紐などの押し売りはいないでしょ? 





㉒ 新宿の歌声喫茶 (1957)
 ジジイも行きましたよ。 だけど演歌、猥歌は歌った記憶なし。

pict-DSCN7656新宿・歌声喫茶店1957.jpg





㉓ 東京・浅草の赤線地域 (1954)
 タバコを吹かしながら客を待つ娼婦かな、  イイネ!

pict-DSCN7652浅草赤線街1954.jpg
     ☝ 赤線も消えた、 でも形態を変えて今も.......





㉔ 会場1階にはこんな石がドンと1つだけ (これは現在)

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       ☝ 京都・龍安寺の石庭が思い浮かぶ。
         でも砂利がない、 それに石が1個だけ。




これが龍安寺の石庭。
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最後に日本の典型的美男子、 彼の15歳ころの写真です。
  (1960年ころ撮影)

               ☟

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      ☝ まだあどけなさが残る中学生の独居老人です。


お恥ずかしいが、 これも戦後の日本。
バナナがこれほど美味いものとは・・・・そんな時代でした。

昭和20年生まれ、 現在71歳のジジイの写真を載せれば、 これぞ戦後日本の大変貌がくっきり。

お見苦しいので割愛します。



会場にはまだたくさんの写真が展示されてます。
是非皆さまも足をお運びください。  いいですよ。


懐旧の念に浸る、 当時が蘇る、 あの時ボクは若かった、

それが今じゃこんなに老いぼれて・・・・・・
そんな思いがいたします。


でもね、 今日も元気に














  おネーちゃんと................(現在のチェンマイ)

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  チェンマイって ホントいいですね!




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 07:30| Comment(4) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

独居老人の生活592(アンネの日記)


    ”チェンマイ独居老人の生活” は低俗娯楽ブログです。
     紳士・淑女、 18歳未満の方はご遠慮ください。

自宅のネット (TOT) が繋がらず、 今カフェーのWi‐Fiを使って
書いております。



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐592(アンネの日記)


    過ぎ去った恋の思い出は、

    それが強く記憶にとどまっている時には、
    恋をしていた時にも劣らず魂を奪うものである。


                                         ジャン・ルイ・ヴォイドワイエ



今から52年前、 1964年のこと。
ジジイが19歳になって間もない頃、 喫茶店の店員をやったことがある。

ウエーターだったが、 時々カウンター内に入り、 コーヒーやパフェ、 フルーツポンチなども作った。

勿論調理師免許なし、 だがトーストしてパンくらいは出せる。


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         ☝ 19歳の時のジジイ、 童貞です。

  

1階がパチンコ屋で、 喫茶店はその2階、 店内は広くてテーブル席が多く、 結構繁盛していた。

店は東京の西武池袋線沿線にあったので、 俳優の千葉真一が
来たことを覚えている。
同じ沿線の大泉学園駅には、 東映の撮影所があったのだ。


ウエーターはジジイだけ、 他はウエートレスが3,4名。

その内の1人にジジイは恋をした。

25歳、 ジジイより6歳年上の人妻で、 亭主はレストランのコックと聞いた。

毎日好きな女性と一緒にいて、 その上給料が貰える、 これほどに楽しい仕事はない。

               * *


そうしたある日、 ジジイは彼女を誘ってみた。
彼女はOK、 待望のデートである。

仕事終了後、 2人で近くの豊島園遊園地に出かける。
次に食事、 最後にジジイ行きつけのバーへ。

バーのママやホステスたちは、 喫茶店に客として顔を出していたので人妻とは顏見知り。
盛り上がって、 彼女と別れたのは夜の0時を過ぎていた。

               *

今でもしっかりと覚えているのが豊島園でのこと。
2人して園内の池でボートに乗る。

ジジイが漕いでいると、 彼女が 「私が替わってあげる」 と言う。

で、人妻が櫂(かい)を取り、 漕ぎだしたまでは良かった。
だがオールが水面を跳ね、 水がジジイの顔や体に跳ね返る。

人妻は笑いながら、

「ごめんなさい、 これで拭いて・・・・」

ハンドバッグの中からナプキンを取り出してジジイにくれた。
年上女性のやさしさにジジイの胸はズキーンと......

ジジイがそれで顏を拭いていると、 人妻はクスクス笑う。







そのナプキンはアンネ (生理用品) だった。


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                  ☝ 
  ジジイと年上の人妻。  彼女が生きていれば今77歳。
     (昭和39年、 職場の喫茶店内で撮影)

              * *


翌日、 職場の喫茶店で顔を合わせるなり、 人妻は言った。

「帰ったら主人に怒られちゃったー、 もう行けないわよ」


それから暫くして、 ジジイは喫茶店を辞めた。
指1本触れることなく、 恋しい女(ひと)との別れ。

触れたのは彼女が使うアンネだけ。


 「40年間お待たせしました」













 そのアンネもいつの間にか消えた。


チェンマイって ホントいいですね!

   


posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:36| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする