2020年01月09日

独居老人の生活1740(女たちの闘い-6:ルワンダ親子の苦悩とこれから)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1740
         (女たちの闘い-6:ルワンダ親子の苦悩とこれから)


 死が全てを解決する。

 人間が存在しなければ、 問題も存在しないのだ。

                                スターリン (ソ連の独裁者)


1994年4月、 ルワンダのハビャリマナ大統領が暗殺された。
彼の搭乗する飛行機が、何者かにミサイル攻撃を受けたのだ。

  pict-奇跡の国・ルワンダ.jpg
            ☝ マークの所がルワンダ。


これがフツ過激派によるツチ族とフツ穏健派への大量虐殺(ルワンダ虐殺)の引き金となった。

pict-山刀は切れ味が悪い.jpg



1994年の4月からの100日間で、 フツ族(国民の約85%)が少数派ツチ族と穏健派フツ族の約80万人を殺害したといわれる。

  pict-死んだ被害者はゴミのように.jpg



pict-1994年9月、国連がントラマ教会で400人のツチ族の遺体.jpg
                  ☝
国連チームが 「ントラマ教会」 で400人のツチ族の遺体を発見。


フツ族とツチ族というが、 この2つの民族はもともと同一の由来を持ち、その境界が甚だ曖昧だった。

別々のようになったのは、 宗主国ベルギーが勝手に異なった民族として隔てたから。

ベルギーはほぼ全ての首長をツチ族に独占させ、 税や教育面においてもツチ族を優遇した。

少数派のツチ族を支配者層に仕立て、 大多数のフツ族を支配下に置く 「分断統治」 を導入。

大多数を占めるフツ族の不満をツチ族に向かわせた。
このようにしてベルギーは、 ルワンダを円滑に統治したのだ。


ルワンダ虐殺のもう1つの悲劇は 「強姦」 だった。
1998年、 ルワンダ国際戦犯法廷は裁判で次のような判断を下した。

「性的暴行はツチの民族グループを破壊する上で欠かせない要素である。
強姦は組織的かつツチの女性に対してのみ行われたことから、 この行為がジェノサイドとして明確な目的を持って行われた」

強姦の犠牲者の大半はツチ女性であり、 未成年の少女から高齢の女性まで幅広い。

               * *

強姦の結果が............妊娠。
およそ2万人の子供が誕生したといわれる。

ルアンダ虐殺から25年が経った。

今は 「アフリカの奇跡」 といわれるほどに発展を遂げたルワンダの中で、 母子たちは受け継がれた複雑なトラウマと闘い続けている。

pict-ルワンダ虐殺から25年.jpg
            ☝ 現在のルワンダの都市。


写真家のジョナサン・トーゴブニクは2006年から彼らを訪問し、 写真に収めた。

それから約10年後、 彼は成人して出生の経緯を知った子供と母親たちを再訪し、 かっての写真と並べた。

実父が母の家族を虐殺した殺人者と聞かされた子供たちの今は...

今日は、 成人した彼らを写真でご覧なってください。
  
                 * *

   1.母アネットと息子のピーター。
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 母アネット:
両親と兄は私の目の前で撲殺された。

拷問とレイプの末に集団墓地に投げ捨てられ、 死体の山の中から這い出した。

もうすぐ大学を卒業する息子を見ると、 彼にも未来があると思えて安心できる。


 息子ピーター:
母から当時の事を聞いたのは8年前。

義父も自分を愛してくれたため、 やがて自分の出自を自由に話せるようになった。

現在大学では土木工学を学んでおり、 ルワンダの発展に尽くしたい。

               * *

     2.母オデットと息子マーチン。
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 母オデット:
12年前はホームレス寸前だった。
今は仕事しており、 結婚して女児を出産。

強姦でHIVに罹患し、 現在治療中。
息子に生まれた経緯を話したのは2015年、 その時は同情してくれた。

しかし今は夫と私に対しての敬意を感じない。
大学に入り飲み歩いている。


 息子マーチン:
実の父が殺人者で強姦魔ということは恥だし傷ついている。

自分も同じ性向を受け継いでいるとみる人もいてまた傷ついた。
母とは修復すると思う。
中絶せずに育ててくれたことに感謝している。

               * *


   3.母バーナデットと息子フォースティン。
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 母バーナデット:

昔は兄や親族などが私を侮辱したり、 息子を 「人殺しの子」 と呼んだりしたが、 今はそれもなくなった。

息子は幸いにも地元で評判の人格者に育った。
でも私の人生は、 虐殺がなければもっと良いものになっていたはず。


 息子フォースティン:

13歳の時に、 母がレイプされて自分が生まれたことを知った。
本当に辛かった。

父と自分が似ていると思われないよう、 注意深く、 善く生きなければと自分に言い聞かせている。

                 * *


    4.母アリン
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    娘ジャッキー。
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 母アリン:
夫は射殺され、 4人の子供とともに民兵に捕らえられた。
わが子の目の前で、 多くの民兵からレイプされ続け、 子供たちとも生き別れた。

赤ん坊は死んでほしかったが、 看護師に説得されて母乳を与えるようになった。

家族を殺した男の血を引く子を決して愛することはない(と生前に語っていた)。

後に孤児院にいた子供たちと再会。
母アリンは2009年死亡、 強姦でHIVに感染したことが死期を早めた。


 娘ジャッキー:
生前、 母がなぜ兄弟たちの中で私にだけつらく当たるのか疑問に思っていた。

でも母の死後、 兄から自分の出生を聞いて納得した。

母の寝室に隠されていた日記には、 彼女の夫や親族が殺された経緯や、 母と私の境遇がつら過ぎるとも書いてあった。

母を許そうと思う。
私の人生は現在、あまり良いものではないが、 将来は弁護士になるのが夢だ。

                * *


   5.母ステラと息子クロード。
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 母ステラ:
年老いた母以外、 生き残った親族はいなかった。

出産後、 すぐ死んでほしいと願いながら産み、 母乳は出なかったが赤ん坊は生き延びた。

コンゴで性奴隷にされ、 出産後もレイプが続いた。
息子に伝えるために過去を振り返るのはとてもつらかった。

レイプは虐殺の最大の 「武器」 になった。
殺されれば終わりだが、 レイプは影響を引きずって生きることになる。
その影響は、 次の世代にも引き継がれる。


 息子クロード:
母がレイプされ自分が生まれたと聞いてとても気分が悪くなった。

でも自分の出自に自分を支配されないという勇気を持つことが重要だと気づいた。

責任を持って人生を歩んで、 「レイプから生まれた子供」 とレッテルを貼られないよう生きていきたい。


                * *


   6.母イザベルと息子ジャンポール。
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 母イザベル:
息子を見るたびに、 何人もの民兵から受けたレイプのトラウマが蘇る。
拷問により肉体的障害も負った。

息子が19歳になった時に事実を伝えた。
また他の女性とも記憶を共有できて楽になった。

レイプの事を話してから、 息子は誠実になり、 家を守ってくれる。
今では息子がレイプや虐殺の記憶と結び付くことはない。


 息子ジャンポール:
事実を知った時、 ショックで昏倒してしまった。
父が誰かさえ分からないことに深く傷ついた。

もし結婚したら、 母を尊敬してるように妻も尊敬し、 子供を愛そうと思う。


               * *


   7.母クレアと娘エリザベス。
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 母クレア:
家族全員が殺された。

子供を産んだら殺そうと思っていたが、 家族にそっくりなので自分の一部だと悟った。

レイプされた時に抜かれた歯を入れ直して、 私を犯した男を訪ねて笑い飛ばしてやった。

「私の人生を壊したつもりか?」 って....

亭主は娘を 「ろくでなしの子」 と呼び、 ひどい仕打ちをした。
いつか娘を殺すのではと思い離婚した。

レイプで生まれたことを娘に伝えると、 娘はショックを受けて黙り込んだが、 私を抱きしめて...

「今まで黙っていたことを許す」 と言った。

2人で一緒に泣いた。


 娘エリザベス:
義父には学費を貰えず、 服も買って貰えなかった。

義父には頻繁に殴られ、 まるで私を殺したがっているようだった。
母に出生を打ち明けられるまで不思議だった。

とても悲しかったが、 両親を失った人もいる中で、 私には母がいると思い直した。

出自を知ってよかったのは、 ようやく父に関する疑問が解決したこと。  (source : Newsweek)

              * *

戦争や紛争に付き物なのがレイプ。

ベトナム戦争では、 韓国兵がベトナム人女性を強姦し、 たくさんの子供(ライダイハン)を産ませて帰国した。

人権を論じてやまない朝日新聞やTBSなどは何故か沈黙。
ライダイハンを取り上げた本は出版されてるんだろうか?


ルワンダ虐殺では、 生き残った人々の証言が生々しい。

隣人が殺人者に変わる時―
ルワンダ・ジェノサイド生存者たちの証言

 隣人が殺人者に変わる時.jpg


宗主国は統治のために民族分断を図る。
ルワンダはベルギーの犠牲者といえようか....

日本は貧しかった韓国を併合したが、 韓国人を虐殺した話は聞いたことがない。

日本兵が集団で強姦したって事件も聞こえて来ない。
日本の影響で韓国人同士が紛争を起こし、 虐殺や強姦を招いた話もない。

日本人はカネを払って商売女を抱いていた。

それを強制的とか連行して...と朝日新聞の嘘を根拠に、 今でも日本を非難している。

商売女を性奴隷とか慰安婦とかに言い換えて.....


”日本の常識は世界の非常識” とはよく言ったもんだ。






日本はやさし過ぎる、 だから付け込まれる。


チェンマイって ホントいいですね!   





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:59| Comment(2) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月08日

独居老人の生活1739(建前の裏には...)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1739(建前の裏には...)


「完全に実行可能で、 支持を得ている」    習近平(中国国家主席)

香港で高度な自治を認める ”1国2制度” について新年の演説。


「香港の人々が身をもって、
 実行不可能であることを示した」  
  蔡英文(台湾総統)

新年の演説で、 ”1国2制度” を拒否する姿勢を示した。

               * *

@ チェンマイにおける献血。

ジジイはチェンマイに来て以来、 1度も献血現場を見たことがない。
何処かで献血を呼びかけないと、 病院も病人も困ってしまう。

でもやはり毎日、 チャンと献血を受け付けていた。

以下は2020年1月10日以降の献血お願いスケジュールだ。
  (多くの日本人が行きやすい場所をピックアップ)

1月          献血場所         時間
 10日(金) セントラルフェスティバル3F    12-7pm
 11日(土) Big-C ハンドン   12-5pm

 12日(日) 赤十字 献血センター    8:30am-3:30pm
 16日(木) セントラル・カドスワンケーオ 3F   12-7pm

 17日(金) チェンマイホンダ(サンサイ)   1:30-4pm
 18日(土) Big-C Extra     12-5pm

 19日(日) 赤十字 献血センター   8:30am-3:30pm
 21日(火) セントラルフェスティバル 3F    12-7pm
 
 22日(水) トヨタRich    9am-12pm
   同   ISUZU Don Chon   1:30-4pm

 24日(金) ラジャベー病院 10階会議室   9am-3pm
 26日(日) 赤十字 献血センター    8:30am-3:30pm

 28日(火) セントラル・エアポートプラザ 3F    12-7pm
 30日(木) Aegistek Corpotation(サンカムベーン)
                         9am-12pm

ぜひ皆さま、 ボランティア、 献血に行ってくださいませ。


「んじゃ、 独居さんも献血するよね?」

こう聞かれるとジジイは弱い。
ジジイは健康診断の採血でも、 怖くて震え上がるほど。

生まれてこのかた、 1度も献血をやったことがない。
で、 「独居さんも献血するよね?」 の回答としては....

 「献血したいのはやまやまだが.....」

               ☟

      これと同じで・・
pict-助けてあげたいのはやまやまだが.jpg



これでは皆さまからお叱りを受けそうで、 次のように改めます。

 「前向きに検討させていただきます」
 
                 ☟

pict-前向きに検討させていただきます.jpg



皆さまから、 「お前がダメなら、 友人数人に献血させろ」
このお答えには真摯に対応、

 「善処いたします」 と.....
                 ☟
pict-頼み事をすると「善処します」.jpg


ということで、 皆さま、 奮って献血にご協力を!
  (なんか迫力ない感じ)

日本では献血に年齢制限があるが、 タイではどうか?

 (追記:2020年1月9日)
読者・新明天庵さんのコメントを追記しました。
                ☟
『献血時の条件がいろいろと記されています。
その条件の中に 「17歳から70歳」 「体重45キロ以上」 などとあります』


献血資格のない方は、 皆様の若いパートナーや恋人、 お子様に献血をやって貰うといいですね。


  *********************



A 憲法に記されていても....

中国の憲法第35条にはこう明記されている。

「中華人民共和国公民は言論、 出版、 集会、 結社、 行進、 示威の自由を有する」

しかし、 中国の憲法第1条を見てみよう。
                ☟
「中華人民共和国は労働者階級の指導する、 労農同盟を基礎と
 する人民民主独裁の社会主義国家である。

 社会主義制度は中華人民共和国の根本制度である。
 いかなる組織または個人も社会主義制度を破壊することを
 禁止する」

と、このように規定されている。

すなわち、 中国の言論の自由は社会主義制度に抵触しないことを前提としているのだ。

中国の報道機関には、 新華社通信、 人民日報、 環球時報などがある。

しかし欧米や日本のような報道の自由はなく、 政府の公式見解しか報道されない。

表現の自由には、 当然信仰の自由も含まれる。
憲法で信仰の自由が規定されているが、 共産党が憲法の上位にある。

なので共産党が邪教と定めたら信仰の自由もなくなる。

実際、チベットやウイグルでは、 信仰の不自由など非人道的人権弾圧が行われている。


つまり、 言論の自由などと表向き(憲法)はなっているが、 本音は 「お前らの勝手にはさせないぞ!」 ということだ。

               * *

中国の労働法も素晴らしいものがある。

「じゃぽにか反応帳」 は次のように書いている。

 中国労働法のここがすごい!

 ・労働時間は一日8時間以内と厳密に規定

 ・残業は労組との協議の上一日最大1時間まで

 ・例外的に残業時間を延長は月最大36時間まで

 ・残業代は通常時は150%、 祝日などは300%支払

 ・各種手当が世界トップレベルで充実


 中国労働法のここがダメ!

 ・一切守られていない


ネットの反応が面白い。

広州さん:真実すぎる。

北京さん:この労働法をちゃんと守っているのは外資だけ。

上海さん:最後の一行が真実過ぎて何も言えない。 

福建さん:俺たちには996の社会の恵みがあるからな。
 (注)
中国ではハイテク企業を中心に 「朝9時から夜9時」 「週6日勤務」 の 「996勤務」 が常態化している。

先日アリババの馬雲会長が 「996システムで働く機会は社会の恵み」 と発言し、物議を醸した)

               * *

しかし中国で働き口があればまだいい方か。
中国経済のアップアップが見えているからだ。

SNSの微信(WeChat)が2019年の人気投稿を発表。
第1位は次の投稿だった。

「就職10年、 年収100万元、 でもリストラはたった10分間....
 時代があなたを捨てるとき、 一言も掛けない」

今や 「中国ネット厳冬期」 に突入。
2019年、 騰訊(テンセント)は中間管理職の10%を降格に...

網易(ネットイース)も部門によって30〜50%の人員削減。

新浪の 「新浪閲読」 部門は、 なんとリストラ率90%も...

IT 企業さえそうなら、 製造業はなおさらだ。
投資環境の悪化や市場規模の縮小で近年、 中国からの外資系企業の撤退は増える一方。  (source : Newsweek)


それでも習近平は平気の平左、 面子が大事。

これからは中国の時代とばかりに世界制覇を目論む。

一党独裁国家が弱気を見せたら、






政権崩壊、 一巻の終わり。


チェンマイって ホントいいですね!   



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 14:33| Comment(6) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月04日

独居老人の生活1736(産まれてよかった)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1736(産まれてよかった)


  (陣痛に苦しむ妻に向かって)

  勝負だ、 勝負。 勝負に出ろー!
                                  松岡修造 (元テニス選手)


@ かわいい子。

ルーイ県(地図はココ)で母親と暮らす女の子。

pict-19 year old who looks.jpg

2人姉妹で姉は30歳、 今バンコクで働いている。


女の子は6年の教育を受けたあと進学せず、 母親と一緒にバラ農園で働く毎日だ。

pict-19 year old who looks 2.jpg


8歳くらいに見える彼女だが、 実際の年齢は19歳。
身長は120cmで、 同年の人より遥かに小さい。

それでも女の子は、 人より劣っているとか恥ずかしいとは思ったことがないという。

他の人々も 「なぜ小さいの?  年齢は?」 と訊くことはない。


母親(59歳)が妊娠6〜7ヶ月の時、 労働中の事故で膨らんだ腹を打った由。

お腹の赤ちゃんは動きが止まり、 母親は死んだと思った。
しかし丁度7ヶ月の時に分娩、 1,000gの彼女が誕生した。

赤ん坊に母乳を飲ませ、 サプルメントを使って育てたという。
今や母娘はいつも一緒、 お互いが助け合って暮らす毎日である。

pict-19 year old who looks 3.jpg


  **********************


妊娠7ヶ月で産まれたルーイの女の子は、 小さいながらもすくすく育って良かった。

今から約20年前のタイの分娩だが、 技術は高かったのか。
女の子は病院で産まれたのだろうか。


A お産婆さん。

日本の戦前は、 お産といえば自宅出産が当たり前。
医者ではなく、 お産婆さんが赤ちゃんを取り上げた。

pict-産婆.jpg


昭和10年頃、 この 「産婆」 という言葉に論議が起きる。
若い人だっているのに産婆ではおかしい、 名を変えようと...

で、関西地方では 「助産婦」 に圧倒的な支持。
しかし関東では既に 「産婆」 の助手を助産婦と呼んでいた。

これでは助助産婦になってしまう。
じゃあ 「産師」 にしようとの案、 しかし ”産死” の響きで縁起が悪い..で没。

結局、 助産婦も産師も ”流産”、 もとの 「産婆」 に....

戦後は、 お嫁さんが産婆になると 「お嫁サンバ」 になる。
これは郷ひろみによって知名度を得た。
                 ☟
https://www.youtube.com/watch?v=TIvMIBRvUn8

上が消去されていたら ☟
https://www.youtube.com/watch?v=H7Q-XqOZAfg


ブラジルでは毎年12月2日をサンバの日と定めている。
                   ☟
pict-サンバ・カーニバル.jpg



作家・有吉佐和子が出したのは 「三婆」
          ☟
  pict-三婆 (新潮文庫.jpg

              * *

昭和10年10月1日に国勢調査が行われた。
このとき朝鮮・台湾を除く日本人は7千万人に達している。

この当時の日本人の平均寿命は、 男44.8歳、 女46.5歳。
意外にも、 男女の平均寿命に現在のような大きな差はない。

これは当時、 「産褥熱(さんじょくねつ)」 で死亡することが多かったから。

(注) 産褥熱とは、 出産後、 胎盤が剥離した後の子宮壁、 産道などの傷面からの細菌感染による創傷熱。

出産後の性器は細菌の侵入が容易なので、 消毒を厳重にして感染を予防する必要がある。

最近は抗生物質の発達により悪質なものは減少している。
 

昭和23年に保健婦助産婦看護婦法が制定され、 お産婆さんの多くは病院勤務の形態になる。

1950年には約95%の人が自宅出産 → 1960年には50% →
1970年には5%以下になり、 出産場所は自宅 → 病院へ....

終戦前の1945年6月生まれのジジイは、 お産婆さんの手で産声を上げたと聞いている。

そのとき何gの赤ん坊だったかは不明。

その後は普通に育ち、 今はチェンマイで暮らしている。





「お産婆さん」  ありがとう。


チェンマイって ホントいいですね!   



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 14:45| Comment(4) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする