2019年12月15日

独居老人の生活1718(女性の身支度)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1718(女性の身支度)


 装いは科学、 美しさは女の武器。

 謙虚さこそがエレガンスよ
                             ココ・シャネル
 

@ お堀の水がない。

チェンマイの旧市街を囲むお堀、 風情のある景色だ。
その堀の水の入れ替えか、 水が抜かれてしまっている。
                  ☟
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写真はお堀の北側で撮ったもの。
また水で満たすのだろう、 これだけの量を溜めるには大変だ。


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A 足元が寒いので....

家の中にいる時も、 外に出る時も、 欠かせないのが靴下。
なぜって、 とにかく寒い、 今、このチェンマイで。

特にバイクに乗る時には必ず靴下をはく。
勿論、手袋も着けて走る....冷えて寒いのだ。

で、買ってきたのが脚までのびる靴下、 これがベスト。
                ☟
  pict-P_20191211_152146_vHDR_On_p靴下.jpg

6足で100バーツ、 つまり1足17バーツ(約58円)。
チェンマイは安くてありがたい。

ジジイがいつも履いているのがこんな靴下で、 ちょっと寒い。
               ☟
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ジジイは寒がりなのかなあ。


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B 昨日の昼ごはん。

昨日(12月14日)は池の周りにあるレストランへ。
  (地図はココ
約3週間ほど滞在予定の友人を案内して出かけた次第。
友人は初めて来たと喜んでいた(お世辞かも...)

バイクの2人乗りは避けて、 Grab Taxiを利用。
ターペ門からの往復で250バーツかかった。

   レストランから見た池。
pict-P_20191214_130406_vHDR_On_p池のレストラン (2).jpg
   ☝ 池の左手向こうに見えるのが 「山岳民族博物館」




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ヤムサイタン(腸の和え物)、 野菜炒め、 チャーハン、
Beer Chang大瓶3本と氷を注文し、 勘定は約410バーツ。

気候はチェンマイの小春日和って感じ、 爽やかな気分。
美味しいタイ料理を堪能したランチだった。


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C 早朝からデリバリーで走る。

ここはチャンプアク門から500mほど東に行ったお粥屋。
店の前にはGrab Food のバイクが数台、 出たり入ったり。

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なぜだか 「ピンクパンダ」 のバイクなし。
このお粥屋はGrab一辺倒かな?
pict-P_20191214_073828_vHDR_On_pGrab Food (1).jpg


時刻は朝の7時、 こんなに早くから働くGrabのドライバーたち。 
お粥なんぞ安い食い物だが、 5人10人分ともなれば額がはる。

デリバリーを頼んでも割が合うのだろう。
世の中、 便利になったもんんだ。


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D 女性は身支度で時間に遅れる?

女性がデートなどに遅れる理由は色々あるようだ。
交通機関の遅延じゃなく、 化粧や服の着替えに手間取るとか。

何を着て行こうかで悩み、 一旦着たがどうも気が乗らない。
んで、また着替えなおしてまた悩む。

出る直前になって変えたくなるんだそうな。
服のコーディネートがなんか違うとか。

男から見たらどうでもいいことでウジウジするのが女。
加えて化粧やヘヤーセットがある。

髪を束ねようか、 スラッと流そうか...実にくだらないこと。
こんなんで男は待たされる、 堪ったもんじゃない。


タイ人女性なら、 そもそも時間的観念がない。
10分、20分遅れようがマイペンライ。

酷いのになると、 約束時刻が過ぎてから 「今日はキャンセル」 と平気で言う女もいる。

爺さんは既にバイアグラを服用して待っている。
「この後どうすりゃいいんだ!」 チンコばかりか腹も立つ。

               * *

先日夜、 友人Sさん(66)と和食店 「サムライキッチン」 で待ち合わせ。
彼の恋人(タイ人)が一緒で、 アパートから徒歩で来る。

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          ☝ サムライキッチンの店内。


店には7時集合でジジイは5分前に到着、 待っていると、
「彼女の支度が手間取っていて遅れます」 のLine。 

ならば食いながらのんびり待とうとこれを注文。
               ☟
   pict-1576372413186Lalana (4).jpg
        ☝ 鮭のかぶと煮:59バーツ。

メニューには ”売り切れ御免” とある、 59Bは安い。
これをツマミして待っていると、 15分遅れで2人が到着。

ん?  友人の恋人(33歳)を見ても、 どこを化粧したのか、 何を着るのに悩んだか...さっぱり分からず。
               ☟
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化粧なし、 着ているものはジャンパー。
女の身支度で手間取ったとはとても思えない。

出がけに便意、 ウンコで時間がかかったとしか考えられない。

後日、 友人に言うには、

「彼女だって化粧に時間をかけてますよ。
特に肌の手入れには熱心です、 こんなふうに...」

                ☟

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ウッヒャー、 気持ち悪い!  100年の恋も冷めるわ。
「泥美容法」 とかで、 すごく時間がかかる由。

こんなのを出かける前にやられちゃ、 待つ方は大変だ。

「彼女を見ていて嫌になりません?」 とジジイ。

「いいえ、 私は幸せ、 楽しい毎日!」


色ボケ爺さんって...こんなんか。






化け物になる品が......化粧品、 女は皆、 お化けです。


チェンマイって ホントいいですね!  



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:36| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月30日

独居老人の生活1706(女たちの闘い-4:赤軍兵士)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1706
                      (女たちの闘い-4:赤軍兵士)


  壁にチョークで書かれている。

  「やつらは戦争をしたがっている」

  そう書いた者は既に死んでしまっている。

                           ベルトルト・ブレヒト (ドイツの詩人、 劇作家)


週刊誌 「Newsweek」 (2019年11月26日号)に載っていた1枚の写真に目が留まった。
                 ☟
pict-DSCN6374ソ連兵士.jpg

記事のキャプションは、
「ナチスとの戦いに向かう伝説のソ連軍パレード 再び」

第二次世界大戦当時の旧ソ連軍の制服に身を包んだロシア兵が、 2019年11月7日、 モスクワの 「赤の広場」 で軍事パレードに臨んだ。

1941年の同じ日、 ナチスドイツ軍がモスクワに迫るなか、 兵士たちは1917年の10月革命を記念して行進し、 その足でナチスと戦うため前線へと向かった。

78年前の伝説のパレードの再現は、 今日のロシアにどんな意味を持つのか。  (以上、 同誌より引用)

                 * *

写真中段の白の軍服姿に一瞬アレッと....なんでまた?
そうか、 雪の中で戦うからだ。

pict-1941年6月第1次ソ連・フィンランド戦争.jpg
        ☝ 1941年、ソ連・フィンランド戦争。


独ソ戦は、 第二次世界大戦中の1941年から1945年にかけて、
ドイツを中心とする枢軸各国とソ連との戦い。

当初はポーランドを共に占領していたドイツとソ連であったが、 1941年6月に突如ドイツ軍がソ連に侵入し、 戦争状態となった。

独ソ戦で際立つのは、 犠牲者(戦死、戦病死)が非常に多いこと。
ソ連兵の死者は1470万人、 ドイツ兵が390万人である。

民間人を含めばソ連は2000〜3000万人、 ドイツは約600〜1000万人が死亡。

ソ連の軍人・民間人の死傷者の総計は第二次世界大戦における全ての交戦国の中で最も多い。

それは人類史上全ての戦争・紛争の中で最大の死者数に...


       ドイツ軍第1SS装甲師団。
   pict-1943年、ハリコフで第1SS装甲師団。戦車はマルダーII.jpg
        ☝ 1943年、ハリコフで。


開戦から1943年7月のクルスクの戦いまではドイツ軍の攻勢。
その後は攻守が逆転し、 東欧からドイツ東部に至る地域をソ連が占領。

1945年5月8日にドイツが無条件降伏し、 戦争は終結した。

ナポレオン同様、 ヒトラーもモスクワ占領は夢のまま、 両者とも、 ソ連の ”冬将軍” (厳しい寒さ)の前に兜を脱いだ。

                * *

前線で戦ったのは男ばかりではない。
母国の危機を救うため、 多数の女性が志願入隊。

このソ連軍女性兵士の奮闘ぶりは、 本ブログ2016年8月16日
(#623)でも取り上げている。

この時は 「戦没者慰霊祭」 の前書きだったが、 その箇所だけ
再掲をお許し願おう。

出だしに次の本を掲載した。

 「戦争は女の顔をしていない」

著者はスヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチ。
1948年ウクライナ生まれ、 2015年ノーベル文学賞受賞。

   pict-DSCN7913.jpg
     ☝ 岩波現代文庫、1,340円+税。


1941年、 ドイツ軍の侵攻によりソ連は国家存亡の危機に。
そこで15歳から30歳、 ソ連従軍女性兵士たちは出征していく。

女性でも任務は男と変わらない。

狙撃兵、 斥候、 歩兵、 通信係、 飛行士、 航空整備士、
看護婦、 洗濯係、 高射砲兵、 暗号解読係、 野戦修理工、
軍医、 衛生指導員、 武器調達係、 料理係、 武装警備隊等々。


存命の彼女たちにインタビューした著者はこう書いている。

1941年の乙女たち.....訊いてみたいのは、
ああいう行動をした乙女たちが何故あんなにたくさんいたのか?

どうして男たちとともに銃をとろうと決断したのか?
銃を撃ち、 地雷をしかけ、 爆破し、 襲撃する......

つまり殺すという決断を........
              

戦争に行ったことのある人たちが言うには、
一般市民は3日間で軍人感覚に変わるとか...........

               * *              

今日はそんな彼女たちにスポットを当ててみたい。

写真でその雄姿と美貌をご覧あれ....戦う女たちです!
                  ☟
pict-行進する女性部隊.jpg
            ☝ 行進する女性部隊。



先ずはソ連軍爆撃機の女性パイロット。
彼女たちはドイツ兵から 「夜の魔女」 と呼ばれて恐れられた。

pict-pict-ソ連軍の爆撃機の女性パイロット.jpg



   こんな美女が爆弾を落としたのだ。
pict-ソ連航空連隊の女性.jpg



   休憩中のパイロットたち。
pict-ソ連航空連隊の女性2.jpg



大勢の女性狙撃兵(スナイパー)も活躍した。

勿論、男のソ連狙撃兵もいて、 その活躍を描いた映画がヒット、
それが...

   pict-お薦めシネマ.jpg
                ☝
実在した第二次大戦の伝説のスナイパーの極限状況における愛と苦悩を描いた戦争ドラマ。

1942年9月、 ナチス・ドイツの猛攻にさらされ陥落寸前のスターリングラード(現在の地名はボルゴグラード)。

女性ソ連兵を演じたレイチェル・ワイズが美しい。

pict-スターリングラード インタビュ.jpg
        ☝ 主演のジュード・ロウとレイチェル。


雑魚寝の中で主人公ジュード・ロウとのラブシーンが記憶に残る。

風呂にも入らず、 汚い下着を脱いでのセックス、 若い男女の愛にはそんなの関係ないか。

他の出演者には、
ジョゼフ・ファインズ、 ボブ・ホスキンス、 エド・ハリス。
2001年、アメリカ・ドイツ・英国・アイルランド合作(132分)

スターリングラードの予告編です。
              ☟
https://www.youtube.com/watch?v=NDS24Qn0wc4&feature=emb_logo 


   実際に避難するスターリングラードの住民。
pict-スターリングラード.jpg


ではここで赤軍(ソ連軍)の軍歌をご視聴ください。
      <赤軍に勝る者なし>
            ☟
https://www.youtube.com/watch?v=PaVvaXAZUEs

                * *


それではドイツ兵を恐怖に陥れた女性狙撃兵に登場して戴こう。

   先ずはローザ・シャーニナ
pict-2. ローザ・シャーニナ.jpg

彼女は16歳の頃に59人のドイツ兵を射殺。
「東プロイセンの見えない恐怖」 と呼ばれた。

1945年の20歳の頃、 東プロイセンでの戦闘にて死亡。

ローザ・シャーニナを主人公にした著書がある。
               ☟
   pict-狙撃兵ローザ・シャニーナ―ナチ.jpg
      ☝ 秋元健治著、 現代書房 2750円。



   お次は リュドミラ・パヴリチェンコ。
pict-1.リュドミラ・パヴリチェンコ.jpg

彼女はドイツ兵の間で "レディ・デス" という名で恐れられた。
史上最強の女性スナイパーと言われ、 309人を狙撃したという。



      Ziba Ganiyeva
  pict-4. Ziba Ganiyeva.jpg
             ☝
 ウズベキスタン出身のアゼルバイジャン人、 18歳で入隊。
 こんな可愛い顔をして、 敵の兵士を射殺した。



    Yevgenia Makeeva(左側)
pict-3. Yevgenia Makeeva.jpg

Makeeva(左)は68人のドイツ兵を射殺したとか。
写真右はリュドミラ・パヴリチェンコ。



ナデジダ・コレスニコフ(左)とリューバ・マカロワ(右)
                   ☟
pict-5. ナデジダ・コレスニコフ(左)とリューバ・マカロワ(右).jpg



彼女たちはどのようにして狙撃したか。
  ある時は草むらの中に潜み・・・
pict-1943年:スナイパー受勲者『Evdokia Motina』.jpg
        ☝ スナイパー受勲者:Evdokia Motina。



    こんな所からも・・・
pict-ソ連の女性スナイパー.jpg



当然、 ドイツ軍にもスナイパーはいた。
彼らもこんな所に潜んでズドンと撃つ。

pict-ドイツ軍の兵士.jpg
   ☝ 赤丸がなければどこに隠れているか分からない。



   立ち上がると姿が見える。
pict-ドイツ軍の兵士スナイパー.jpg



   赤軍・女性スナイパーたちの雄姿。
pict-ロシアのスナイパー女性兵士.jpg

                * *

冒頭に戻ろう。

著者のスヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチからインタビューを受けた元女性兵士たちが思いを語る。

『私は歴史を教えています。 歴史は3回書き換えられました。
 私は3つの異なる歴史の教科書で教えてきたのです。
 私たちが死んだあとは何が残るんでしょう?

 私たちがいなくなってから作り事を言わないで、
 今のうちに訊いてちょうだい』       (歴史の老教師の言)

              *

『自分の血を見て大声をあげました。
   「怪我しちゃった!」
 
中年の看護長が私に、
  「どこを怪我したんだ?」

 「分からないけど......血が」

その人は父親のようにすべてを教えてくれました。
女性のあれが始まったのです』          (当時斥候兵)

              *

『マーシャは両脚がぐちゃぐちゃに.......

 「私を撃ち殺して。 こんなんで生きていたくない.....」

なんども祈るように頼んでた........
病院に送られた後は音信不通に......

戦後30年たって、 どこかの地方の身障者施設の患者の中に見つけだした。
母親にも生きていることを知らせなかった、 みんなから隠れていた........

30年ぶりに会ったおかあさんは気が狂いそうだった。

 「私の胸が悲しみで張り裂けていなかった、
  なんて運がいいんだろう!  
  ねえ、マーシャ! なんて運がいいんだろう!」

「今はもう会うのが怖くないわ。 もう年取ってしまったから」

そう.....つまり.....これが戦争ってもんよ』



彼女たちは祖国を守るため、 あるいは、殺された家族の仇を打つため戦ったが、その記録は抹消された。

自分が敵兵とはいえ人を殺した...そんな過去は忘れたい。
そのため戦後の長い間、 誰にも言えず苦しんでいたという。


前線で戦った赤軍(ソ連軍)の女性狙撃兵は約2,000人。

うち、生きて祖国に戻れたのは....







 約500人と言われている。


チェンマイって ホントいいですね!  


  <追記>
独ソ戦、 書籍の出版もあり、 これがお薦め。
           ☟
   pict-スターリングラード 運命の攻囲戦.jpg  
「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943」
アントニー・ビーヴァー著、 朝日文庫 1,100円。
  
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:51| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月24日

独居老人の生活1701(約4年ぶりに女友だちと会う)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1701(4年ぶりの女友だち)


 女性は自立しているべきだし、

 男性が自分を幸せにしてくれるなんて、考えてないの。


                                 キャメロン・ディアス (米国の女優)


@ ショッピングモール 「MAYA」 の前は只今工事中。

チェンマイのアマリリンカム交差点は市内有数の渋滞エリア。
バイクのジジイは暑い中、 長い信号待ちでジリジリ汗がにじむ。

夕方は、 ツクツクやソンテウ(小型バス)は料金を弾まないとなかなか行ってくれない。 渋滞で車が動かないからだ。

そのMAYAの建物前とスーパーハイウエイの間には広場(Plaza)があり、 MAYAがイベントなどに利用してきた。

ところがこの広場(1,600u)の敷地はMAYAの所有ではなく、 ハイウェイ当局の土地。

pict-DSCN6351.jpg
                   ☝
      右側の広場を更地にして公共利用に・・
     広場の右側の道路がスーパーハイウエイ。 

で、チェンマイ大学教授ら市民が公用地として利用しろと主張。
チェンマイ県知事や関係当局の協議の結果、 法律に則り返還されることに....

狙いはアマリリンカム交差点の渋滞緩和、 道路拡張か。
ということで、 2019年12月3日(完成予定)まで工事中となる。

pict-Maya.jpg


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A タイ政府の1,000バーツ景気刺激策。

政府は2019年8月、 今年のタイ経済成長率を0.5〜0.6ポイント押し上げるべく、 景気刺激策に3160億バーツを投入するとの案を承認した。

ウッタマ財務相によれば、 刺激策は3つの柱あり。

1.低所得者と高齢者への追加支援、
2.干ばつに苦しむ農家を対象とした借入金の返済猶予、
3.世界経済減速がタイ経済に与える影響の緩和措置。

財務省によれば、 景気刺激策で今年のタイ経済成長率が3.5%に達することが期待されるという。


その一環として、 低所得者と高齢者に1人当たり1000バーツを給付する措置を打ち出した。

具体的条件は、 1,000バーツを給付されたら、 旅行して買い物やレストランで食事すること。

なのでチェンマイ居住のタイ人は他県にまで行かねばならない。
チェンライとかランパーンなどである。

ま、ちょっとお出かけし、 買い物だけで帰って来てもOK。
しかしどこの店でも買い物可能かというとそう簡単ではない。

店(スーパーなど)は指定されている。
店頭にぶら下がっているバナーが目印で、 その指定店だ。
                  ☟
pict-P_20191109_185608_vHDR_On_p1000バーツ (1).jpg



給付金1,000バーツといっても現金で貰えるわけではない。
申請者のスマホに入れて(送信)くれるのだ。

で、買い物をしたら、 店のレジでそれを見せるという仕組み。
                  ☟
   pict-P_20191109_185608_vHDR_On_p1000バーツ (2).jpg

買い物1,000バーツの超過の品は15〜20%の値引きとなる。
例えば1,500バーツの支払いなら、 500バーツが値引きの対象。


では申請すれば誰でも簡単に1,000バーツが給付されるのか?
申請手続きが複雑で面倒、 友人の奥さん(タイ人)はここで断念。

加えてとにかく大勢の人がどっと申請に押しかける。
1日百万人が限度とかで、 遅くに行った人はそこではじかれる。

かってのイミグレと同じで、 朝の5時、6時に行って並ぶとか。
場合によっては、 申請のために数回、通わなきゃならない。

いやはや1,000バーツ貰うにも相当な忍耐が必要となる。
また貰ったら貰ったで、 今度は他県に行ってショッピングで...

               * *

我々外国人は給付の対象外(当たり前)で、 あくまでタイ人のみ。
ここはタイランド、 お人好し国家・日本とは違う。

皆さまの奥さまや恋人で、 1,000バーツを貰った人がいらっしゃいますか?

 「パパ〜、 1,000バーツ欲しいの、 お願い!」

と若い奥さん/恋人が甘えれば、 すぐに出してしまう爺さんだ。
苦労してまで1,000バーツ、取りに行くわけないか。


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B この日の晩ごはん。

一昨日(金)出向いたのが 「89 Plaza」  (地図はココ
食べた処は最近オープンした次の店。

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                   ☝
     「89 Plaza」 北側の端(スーパーの前)で営業。
     ランプーン街道沿いに車の店舗が3軒ほど並んでいる。



     食い物はサーモン刺身など。
  pict-1574470863155Nauman (3).jpg
          ☝ 120バーツからある。


オーナーは、 ジジイが約4年前、何回か食事したことのある女性(多分29〜30歳)。 

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「オープンしたから来てください」 との Lineが届いたのだ。
デリバリーもやっている由。

手を握ったこともなく、食事だけの友人で、 お祝いを兼ねて出向いた次第。  繁盛して欲しいもの。

220バーツのサーモン刺身を注文。
ビールは置いてないので、 すぐ近くのお店で購入する。

      彼女と記念にパチリ。
   pict-1574470863155Nauman (4).jpg
        ☝ 2016年3月以来の再会だ。



3年8ヵ月ぶりで顔を見たが、 その当時はまだ可愛い感じがした。








女性はたった4年弱で変わるんだなあ。


チェンマイって ホントいいですね!  
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:58| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする