2021年02月08日

独居老人の生活2149(老いたらやめること)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活2149(老いたらやめる)


 永遠に生きようなんて思いなさんな。

 そんなこと できはしないから。


            バーナード・ショー (アイルランドの作家)


@ 世界的に半導体不足が深刻な問題に...

世界的に半導体不足が深刻な問題となる中、 日米独などの各国が台湾当局に半導体の増産を要請していることが分かった。

pict-pict-半導体.jpg


2020年秋以降、 半導体不足が続いている由。
では、なぜ半導体が不足しているのか?

コロナの影響でテレワークが世界中で広がり、 パソコンなどに使う電源管理用の半導体がまず不足した。

さらに世界最大の中国の自動車市場の回復を受け、 半導体不足で車の生産が制限される事態になっている。


台湾当局は半導体増産の要請を受けて、 世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)や、 同世界4位の聯華電子(UMC)などに車用の半導体の増産対応を急ぐように促した。

今回のように製造業の部材不足を理由に各国が特定の国や地域に対し、 増産などの協力を求めるのは異例のこと。

pict-2021年1月25日の日本経済新聞.jpg

            * *

世界的な半導体不足の原因は、 何と味の素だった?

味の素は半導体の重要なパーツである絶縁材を製造。
その半導体絶縁材が供給不足のため、 供給先のTSMCでCPUの製造が遅れているそうな。

半導体がないとハイテク製品がつくれない。

ハイテク製品の心臓部であるCPUの絶縁材には、 味の素ビルドアップフィルム(ABF)という絶縁被膜が使われており、 その世界シェアはほぼ100%。

ABFの詳細説明は下をクリック。
           ☟
https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/rd/our_innovation/abf/


現在では全世界の主要なパソコンのほぼ100%のシェアに達している。

巨大IT企業も日本の技術なしでやって行けない。
高性能な半導体をつくる材料のほとんどを供給しているのが日本企業なのだ。

今や半導体、 テレビ、 パソコンの製造は台湾、 中国が担っているが、 そのための材料や部品や製造装置、 基礎的な資源や技術は日本にある。

           * *

ふりかけや冷凍食品の味の素が絶縁被膜材を作っていたとは全くの初耳。

この製品は 「味の素ファインテクノ(株)」 で製造している。
             ☟
https://job.mynavi.jp/22/pc/search/corp77383/outline.html?func=corpinfo


白物家電やパソコン、 スマホ分野で後れを取っている日本企業だが、 味の素の存在を知って心強く思った。

頑張れ、 日本企業!   (source : 日経新聞)


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A 老いたらやめること

断捨離とは、 暮らしの中で本当に必要なものだけを選ぶ作業。
ただモノを捨てる、 服を捨てる、という意味ではないという。

名前の由来は、 ヨガの断行、捨行、離行から生まれた言葉。

もったいないという固定概念から脱却し、 身軽で快適な生活を得ることが目的で、 執着から離れ、 取捨選択を行い、 本当に必要なものだけにすること。

            * *

では、 ジジイが年老いてやめたことは何か。
ま、一言、 面倒くさいこと、 カネのかかることはやめた。

年賀状をやめた。
小人数だけに限りLineかメールで発信、 その数、 10人にも満たない。

           * *

自動車の運転免許証を捨てた。
但し、チェンマイではバイクを運転、 その免許証は所持している。

           * *

冠婚葬祭の出席をやめた。
60歳以降、 ジジイは日本で1度も出席していない。

葬式は実姉とその夫、 叔父、叔母、 友人らの死亡時もチェンマイに居て欠席。

チェンマイではタイ人との関係で、 1度だけ葬儀に出た。

結婚式は60歳以降、 1度もお呼びがかからない。

           * *

麻雀をやめた。 
チェンマイで誘われたことはあるがやんわり断った。
58歳が最後で、 その後1度も牌(パイ)を握っていない。

ジジイはダラダラとやるのはダメ。
例えば3時間まで..と決められていればOKだが。

それでも 「もう半荘(チャン)だけ」 となりがちで...
あれだけ好きだった麻雀だったが、 もうやらない。

           * *

ゴルフをやめた。 
52歳を最後に23年間、 やったことなし。

元々ゴルフを趣味にしたことは1度もない。
スコアを上げるべく熱中したこともない。

           * *

高校の同窓会の参加をやめた。 
毎年秋に東京で開催されているが、ここ10年ほど全て欠席。

ま、チェンマイにいるから出られないということもあるが、 もう出たいとも思わなくなった。

          * *

テレビはほとんど見ない。

昔から、 テレビドラマは見なかった。
なので 「おしん」 などNHKドラマは見たことなし。

日本では食事しながら、 主にテレビニュースを見るだけ。

チェンマイでは、 選挙速報くらいしかテレビは見ない。

           * *

自宅本棚の書籍を捨てた。 

辞書など僅かに残し、 99%を処分した。
ビデオテープ(全て映画)も全部捨てた。

衣類も捨てた。  
背広、 コート、 メタボで着られなくなったものは捨てた。

           * *

タバコは42歳の時にやめた。 
それ以来ノースモッキング。

           * *


株の売買をやめた。 

60歳を過ぎてからの新たな株の購入はない。
所有株を売り、 現金化するのみ。

           * *

遠くの海外旅行をやめた(というか出来なくなった)。

ジジイが64歳の時の2010年1月、 オーストラリア(成田〜ケアンズ)旅行が最後。

但し、 タイから近いラオス、 ミャンマー、 カンボジア、 ベトナムには行っている。

日本〜タイのフライトで、 仁川、 香港経由があったがトランジットだけで、 1度も入国していない。

欧米などに旅したいのだが、 長時間のフライトを考えると躊躇してしまう。  体力的にキツい。 

ならばタイ国内とか近隣国への旅で満足だ。

            * *

交遊関係(日本)を縮小した。 

元の会社関係では、 帰国すると必ず会う人が3人いた。
しかし1人が死亡、 現在は2人だけになった。

会社関係の寄り合い(元の職場など)には出ない。
嫌な上司・先輩などの顔を見ても楽しくない。

pict-爺さん.jpg
        ☝ イメージ画像。


学生仲間では、 毎年3グループ6人と東京で会食していたが、 うち2人が体調不良でここ2年は会えずじまい。

ジジイがもし長生きすれば、病気や死亡で会う人は少なくなろう。

           * *

チェンマイでの交遊

「来るもの拒まず、 去る者追わず」 はやめた。

ジジイがチェンマイに来た当初、 知り合いは誰1人としていなかった。
なので明るい時間は観光を兼ねた散歩、 または部屋で読書、 夜はバーやライブを楽しんだ。

そのうち市営競技場で声を掛けて来たAさん(ジジイと同年)と知り合う。
彼が彼の友人らに引き合わせてくれたので、 少し交遊が広まった。

そのAさんも体調が悪くなり、 チェンマイに来られなくなった。

チェンマイで友人が1人もいないとなると、 日本語で会話もできない。
孤島に漂着したのならともかく、 交遊の中から楽しさも知識も増える。

しかしたくさんの友人は不要。
この歳で気を遣ってまで付き合いたいとは思わない。

基本は、 その人と一緒して楽しい気分になれること。
何かと疲れる人、 面倒な人、 厄介な人は敬遠する。

四六時中、数人で群れているのはジジイの性に合わない。
加えて年金暮らしの身、 経済的制限もある。

例えば、 「レストランで会合」 となってもそこが ”超高級(高い)店” ならば、 ジジイは断ることになる。

金銭感覚において、 寛容的、 許容的になりたいのはやまやまだが、 ジジイの財布が追いつかない。

チェンマイ在住の人で、 グループ(会合)ではなく、 常日頃2人で会食する友人はごく僅か。

ジジイは気ままなので、 相手にして貰えないことが多い。
しかしそれでいい、 ジジイだってそれとなく選ぶ。

馬が合い、 信頼できる人を....

          * *

反対に、 チェンマイに来てから始めたことがある。

パソコン、 スマホ、 ブログ。
Lineを使えば、 国際通話までもが無料でできることを知って驚いた。

そしてもう1つ、 チェンマイで始めたことがある。

女性を追い求めるようになった、 20代の頃のように...
但し、 気持ち(情熱)だけ。

精力は蝋燭(ろうそく)の炎が消えかかっているようでパッとしない。

でもジジイはこの情熱で....






元気になっていると思う。  (若返りました)


チェンマイって ホントいいですね!



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 14:53| Comment(4) | 老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月30日

独居老人の生活2140(理想を求めて・・)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活2140(理想を求めて..)


 年を重ねただけで人は老いない。

 理想を失うときに初めて老いが来る。

 歳月は皮膚のしわを増すが、

 情熱を失うときに精神はしぼむ。

              サミュエル・ウルマン (米国のの実業家、 詩人)


@ コロナ新規感染(タイ)

2021年1月29日(金)のコロナ新規感染は802人。

pict-802 new Covid-19 cases.jpg


国内89人はサムットサコン (79人)、 バンコク(7人)他。

692人は追跡されてコロナ検査を受けた人で、 うち686人はサムットサコンで陽性が確認された。

国内合計781人のうち、 98%がサムットサコンで発生。
死者はゼロ、 累計76人のまま。

ま、サムットサコンを厳重に封じ込めることだ。


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A タイで終身刑になった日本人。

pict-タイで終身刑になった男.jpg


薬物運びで逮捕され、 終身刑を言い渡された日本人男性。
淡々とその刑務所暮らしを述べている。

ほとんど愚痴らしきことを言わないこの老人、 肝が据わっているのかな。

ビデオでどうぞ!
https://www.youtube.com/watch?v=uUr1YHBWFRk


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B トイレ天井の水漏れ → カビ発生。

先日お伝えしたジジイの部屋のカビ発生。

  pict-P_20210127_111435_vHDR_On.jpg


1月28日午後、 工事業者がやって来た。
どうやって補修したか?

まず1日目は天井のカビ発生中心部を切り取ってしまう。

   pict-DSCN7596.jpg



2日目(29日)に周りのカビを取り除き、 正方形の穴に新しいボードを埋め込む。

そして天井一帯にペンキを塗って完了。
とても綺麗になりました。

pict-DSCN7599.jpg


この2日間シャワーを浴びていなかったので、 今朝(30日)は早速ジジイの身体を綺麗にした。

補修代は勿論無料、 タイにしては対応が迅速だった。
苦情を言ってから翌々日には完了、 これイイネ!


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C お笑い元オセロ・松嶋尚美の一言。

1月27日の参院予算委員会で、 立憲民主党の蓮舫議員が菅首相の答弁にこう言った。

「そんな答弁だから言葉が伝わらないんです。
そんなメッセージだから国民に危機感が伝わらないんですよ。

あなたには、 総理としての自覚や責任感、 それを言葉で伝えようとする、 そういう思いはあるんですか」

            * *

この蓮舫氏の質問に対し、 あるTV番組でコメンテーターの松嶋尚美は次のコメントをしていた。

   pict-松嶋尚美.jpg    

「(蓮舫氏は)今の総理に今の国民が思っている色んな不満を言う係なんやろうけど、 嫌やなって正直思いました」。


ジジイも嫌だなと思った。
ジジイはそっくり蓮舫にお返ししたい。

「蓮舫議員、 そんな答弁だから言葉が伝わらないんです。
そんなメッセージだから国民に危機感が伝わらないんですよ。

あなたには、 野党党首としての自覚や責任感、 それを言葉で伝えようとする、 そういう思いはあるんですか」

「二重国籍問題」 での 蓮舫の答弁(説明)には上記の言葉がピッタリだ。

愚にも付かぬことをぐたぐた言いやがって....
自分を棚に上げてよくも言えるもの、 ”蓮舫の面に小便”。

  pict-二重国籍問題.jpg


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D 小林一茶はなぜ精力絶倫だったか、 その秘密は?

本ブログ#2135(55歳でも1日5回ヤレる)にて小林一茶の性交回数をお伝えした。

一茶は結婚後、自分のセックス記録を日記につけていた。

以下、再掲して、
文化13年8月(一茶54歳)

 8日(晴) 夜 五交合 (菊女皈(かえる))
 9日(晴)  一交合  (心中に死す:
                心中前の性交のように激しく)
 12日(晴)  夜 三交合

 15日(晴)  三交合
 16日(晴)  三交合
 17日(晴)  夜 三交合(母の墓参り)

 18日(晴)  夜 三交合
 20日(晴)  三交合
 21日(晴)  四交合(父の命日)

54歳でこれだけの回数だ、 驚嘆するしかない。

一茶は64歳の時、 3度目の結婚(相手32歳)はをした。

江戸時代の50〜60代といえば、 今の70代、80代と同じだろう。
それがなぜ精力絶倫なのか?

一茶は強壮剤の元となる生薬をのんでいたという。

「婬羊霍」 陽茎が怒る(勃起する)という意味から
       イカリ草と名付けられた。

「黄精」  和名でナルコユリという山野に自生する。
       ヤマイモ科の蔓草で地下茎を用いる。

「蒼朮」  和名ウケラ・オケラという強精と胃病に効く。

「竹節」  朝鮮人参の代用として根茎を薬用にする。
       咳止めと強精。

            * *

まず 「淫羊霍(インヨウカク)」 は、 古くから強精、 催淫に使用される植物の代表的なひとつ。

雄の羊がこれを食すと1日に百回交配するという逸話からこの名前が付けられた由。

日本では錨草(イカリソウ)の呼び名で知られているメギ科の多年草で、 花の形が船の錨に似ているのが名の由来。

生薬の淫羊霍は、 江戸時代に日本に渡来し、 全国の薬草園などで栽培されていた。

日本では野生のイカリソウを滋養強壮に効く薬草として、 家庭薬や薬酒などに用いられたという。

  pict-淫羊霍.jpg


薬効は、ED、 腰痛のほか、 補精、強壮に効用があるとか。

価格3,486円、 アマゾン(通販)で買える。

            * *

もう1つ、 「黄精(オウセイ)」 はユリ科のアマドコロ属のナルコユリの根茎を乾燥させたもの。

ナルコユリは高さ50〜100cmの多年草で、 初夏に小さな花をたくさんつける。 薬用部分は根茎。

黄精の名の由来は、 疲労が蓄積した(精力が減退した)時に、 物が黄色(かすんだよう)に見えるのを回復させる薬の意味。

その黄精が強壮薬として日本で広く知られるようになったのは江戸時代の頃。

現在でも、 砂糖・飴・餅粉と混ぜた 「黄精飴」 は、 岩手県盛岡市・長沢屋の伝統銘菓である。

また黄精を焼酎につけた 「黄精酒」 を小林一茶が愛飲したことは、 一茶の 「七番日記」 に記されている。

一茶は52歳から65歳までの間に3人の妻をめとり、 5人の子をなしている。
一茶の精力絶倫の源は、 この黄精酒だったようだ。

  pict-ウチダ和漢薬 生薬 黄精 刻 500g.jpg

現在は小島漢方などで販売(2,980円)、 アマゾンで買える。

(注)よくお調べになって自己責任でご購入ください。

          * *

色々な生薬で売られているのが強精剤の 「神仙丹」。

神仙丹ゴールド.png

              
詳細説明は下をクリック。
          ☟
https://kampo.sinyakudo.shop/kracie/kracie_sinsentan.html


江戸時代にバイアグラがあるわけがない。

小林一茶は薬草を採集し、 それを焼酎につけたりして飲み、 精力アップに努力していたのだ。

年老いて結婚した一茶は、 初婚はお菊(28)で24歳年下。
再婚相手は一茶が62歳の時で、 相手の雪(38)も24歳年下。

一茶は64歳の時、 宮下やを(32)と3度目の結婚。
やをは32歳も年下、 張り切らざるを得ないわけだ。


現在はバイアグラなどがあるから助かっているが、 もし無ければチェンマイの爺さんも強壮剤(生薬)を探しているだろう。

ジジイは正直言って、 60歳の時には完全なEDだった。
もう諦めていたが、 チェンマイに来てから友人らに煽られて、 初めてバイアをのんでみた。

これがよく効いた、 それはもう自分自身が1番驚いた。
死んだはずのムスコが生き返ったからだ。

それからというもの、 相手探しに苦労する。
風俗嬢相手では、 イマイチ打ち込めない。

やさしくて人柄よく、 豊満なる肉体の美女。
ムスコが元気なら死ぬまで、 そんな女性に奉仕したい。

75歳のジジイだが情熱はまだまだある。

そう、夢は諦めない。





しかしそこには 厳しい現実が....


チェンマイって ホントいいですね!




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 14:31| Comment(0) | 老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月24日

独居老人の生活2135(55歳でも1日5回ヤレる)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活2135(55歳でも1日5回)


 禿げ頭の向こう側には

 若者が想像しているよりも多くの至福がある。
 

             ローガン・バーサル・スミス (米国のエッセイスト)


@ コロナ新規感染(タイ)

2021年1月23日(土)のコロナ新規感染は198人。

pict-One more fatality as another 198 Covid.jpg


国内69人のうち、 56人がサムットサコン、 5人がバンコクで確認された。

*印111人はスクリーニングされてコロナ検査を受けた人。
そのうち、 107人がサムットサコン、 4人がバンコク。

国内の新規感染(180人)はサムットサコン(163人で91%)とバンコク(9人)の2県で96%を占める。 

チェンマイを含むタイ北部の新規感染はゼロ。

死亡が1人(老人、 81歳)出て、 累計72人になった。
老人はサムットサコンから帰って来た息子から感染。


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A 隔離ホテル(ASQ)14日目。

1月23日、 ホテルにチェックイン後、14日目を迎えた。
1日部屋に引き篭もりで、 部屋の外に居るのはせいぜい1時間。

気分転換と運動を兼ねて、 1階のテラスに行く。
午前中で人影なし、 テラスを行ったり来たりして30分歩く。
  
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この日は見っともないことをやらかした。
ランチが終わり、 弁当の空き箱を捨てようと廊下に出た時だ。

風でドアがバタンと閉じて、 ジジイは締め出されてしまった。
上は肌着、 下はトランクスという、つまり下着姿。

これは弱ったと思案していたら、 ちょうど真ん前の部屋の白人が戻って来た。
ジジイは訳を話して(というか見ればわかる)、

「レシェプションに連絡して戴きたいのですが...」

白人の若者は心得たとばかりに電話してくれた。
ところがなかなかやって来ない。

物音がしないからか、 白人が部屋から顔を出す。
見かねて、 「私が(レシェプション)行ってきます」

こんな下着姿では、恥ずかしくてとてもロビーには行かれない。
白人が戻って来て間もなく、 キーを持った係員が現れた。

尚、ジジイが室内にいる時は常に下着姿のままである。


    1月23日の朝食。
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       ☝ サラダとゆで卵、 フルーツ。



    昼食。
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         ☝ 魚、 右はジャムパン。



    夕食。
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この日の食事は3食ともジジイの口に合った、 満足。
但し、 ジャムパンとバームクーヘンは残した。

あと1日でこのような優雅なホテル生活ともおさらばだ。


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B 性豪、 小林一茶。

本ブログ#2116(1月7日掲載)で、 「日本人のセックス:夜の国勢調査」 をお届けした。

対象は20代〜50代1000人で、 セックス回数平均が8日に1回という調査結果が出た。

50代になると14日に1回、 月に2回ってことだ。
ジジイの50代では、 ゼロに等しかった。


小林一茶は松尾芭蕉、 与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳諧師の一人。
俳句で名高い一茶だが、 セックスとなるとさらに上を行く。

  pict-pict-小林一茶.jpg


小林 一茶1763年、 信濃国柏原で中農の子として生まれた。
15歳の時に奉公のために江戸へ出て、 やがて俳諧の道へ...

52歳の時に初めて結婚、 相手はお菊(28)で24歳年下。
セックスに飢えていたのか、 それとも元々精力絶倫だったか。

ジジイが数十年前に読んだ本。
           ☟
  pict-一茶 1981年文春文庫藤沢周平.jpg
         ☝文春文庫


一茶の性交回数には目を見張るものがある。
結婚後、自分のセックス記録を日記につけていたのだ。

以下、抜粋して、
文化13年8月(54歳)

 8日(晴) 夜 五交合 (菊女皈(かえる))
 9日(晴)  一交合  (心中に死す:
                心中前の性交のように激しく)
 12日(晴)  夜 三交合

 15日(晴)  三交合
 16日(晴)  三交合
 17日(晴)  夜 三交合(母の墓参り)

 18日(晴)  夜 三交合
 20日(晴)  三交合
 21日(晴)  四交合(父の命日)


文化14年12月(55歳)、
妻お菊(31)は妊娠5ヶ月、 それでもヤリまくる。

 15日(大雪)一交合
 20日 「餅二升ツク」とあり、 杵で臼をつくことで二交合。
 21日(晴)  一交合

 23日(晴) 一交合
 24日(雪) 一交合
 25日(雪) 一交合

 26日(吹雪) 「餅六升ツク」 で六交合
 29日(晴)  五交合


文政3年(58歳)
10月16日  一茶、脳卒中で倒れ半身不随と言語障害。

痩蛙(やせがえる) まけるな一茶 これにあり

一茶は負けなかった、 病身でもヤル。
で、文政5年3月、 3男金三郎誕生。

ところが文政6年4月、 妻お菊死亡(享年37)。

で、約1年後の文政7年5月、 一茶は62歳で武家の娘・雪(38)と再婚。
雪も再婚、 しかし8月、 雪は実家へ帰ってしまい離婚。

2人の初夜には 「五交合」 とある。
中風の一茶(62歳)がこんなにヤレるとは驚嘆。

 これがまあ つひの栖(すみか)か 雪五尺

文政9年、 一茶が64歳の時、 宮下やを(32)と3度目の結婚。
やおは2歳の連れ子と一緒に一茶宅(信濃国柏原)に入った。

波乱万丈とはこのことか。
文政10年(1827年)、 一茶65歳の時に柏原宿の大火発生。

母屋を失くし、 一茶は焼け残った土蔵に移り住んだ。
しかしその年の冬、 65歳で鬼籍に入った。

pict-小林一茶終焉の場所である土蔵.jpg



pict-旅しよう、小林一茶.jpg


驚くなかれ、 一茶の死亡時、 妻やをは身籠もっていた。
そして父親の顔を見ることなく、 文政11年(1828年)4月、 次女やたが生まれた。

一茶の家は、 未亡人となったやをと娘やたによって存続され、 生前よりの一茶の念願が叶ったのである。


2020年、 発売された岩波新書、 興味ある方はどうぞ!
            ☟
  pict-性からよむ江戸時代.jpg  

  
江戸時代は幼児の死亡率が高かった。

第1番目の妻お菊との間には4人の子に恵まれたが、 4人(三男一女)とも2歳を超えることなく死亡。

5番目のやただけが、 47歳(数え年)まで生き延びた。


小林一茶は52歳で結婚し、 65歳で死ぬまでの間に5人の子供を作った。

食糧や栄養事情は、 令和の今より遥かに劣るはず。
加えてバイアグラもなかった。

それでいてあの精力絶倫ぶり。
歯がほとんど無かったと言われる一茶なのに....

ハ・メ・マラ説(歯 → 目 → 勃起の順に衰える)は当たってるようだ。


ジジイは歯も目も丈夫。





なんでマラだけダメなのか!


チェンマイって ホントいいですね!
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:11| Comment(2) | 老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする