2019年09月05日

独居老人の生活1627(#36 忘れられない旅の思い出:ベトナム後編)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1627
              (#36忘れがたい旅の記憶:ベトナム後編)


  迷子になるのはけっこう好きなんだ。

  だってほら、 知らないものが世界には
  こーんなにあるんだって気付くだろ。

  わくわくしない?
                        エマーソン (米国の思想家、 作家)


今日は昨日の続き、 ベトナムの旅・後編です。

この日はダナンからフエに向かう。
移動は鉄道で、 ジジイがダナンまで来た同じ列車に乗り込む。

ダナン発(午後2時半頃)も寝台列車で、 ジジイは上段ベッド。
フエまでの乗車時間は2時間くらいだったろうか。

ジジイはファーストクラスの切符を買ったので、 寝台になったのかもしれない。 


フエに到着、 駅からタクシーで 「地球の歩き方」 に載っていたホテル(予約なし)に向かう。

  pict-DSCN0868.jpg


運転手が 「もっと安くて良いホテルがある」 と言って、 強引にジジイを連れて行った。

ジジイは断固拒否、 指示した行先(ホテル)へと向かわせる。
夜中ならともかく、 連れて行かれる所は好きじゃない。

予約はないが、 宿泊代とローケーションは大体分かっているので安心だ。

  pict-DSCN0870.jpg
             ☝
    飛び込みで宿泊したホテル。
  場所は街の中央を流れるフオン川(香江)に近い。

                * *

フエは古都、 なんか情緒がある感じ。
昼の観光目玉は 「フエ王宮」、 歩いて見物するのだが広くて疲れた..の記憶がある。
  
  pict-DSCN0869.jpg

(フエの写真はココでご覧ください)

               * *

夜の愉しみは夕食後のクラブ。
その店はブラブラ歩いている時に出くわしたのだと思う。

ライブが入り、 歌手が唄う、 まさにジジイ好みにピッタリ。
気に入って2度、 同じ店を訪れた。

この時初めて聴いた歌がジジイの胸にジーンときた。
ベトナムでCD(海賊版)も買って帰った。

その曲が ABBAの 「Happy New Year」
              ☟
https://www.youtube.com/watch?v=LRa8g-m4UNk


もし上記が消去されていたらこちらで....
            ☟
https://www.youtube.com/watch?v=3Uo0JAUWijM

テト(ベトナムの旧正月)にふさわしい歌、 ジジイも新年気分を味わった。
今でもこの曲を聴くとフエを思い出す。

フエを再訪したらまた行ってみたいが、 場所が何処だったか記憶にない。
まあ、 歩いてみれば思い出すかもしれないが....

               * *

現地のツアー会社に申し込んで 「17度線」 を1日観光。
フエからバスで100qほど走る。

1954年に締結されたのがジュネーヴ協定だが、 ここでベトナムを共産国家の北ベトナムと、 親西側陣営の南ベトナムとに一時的に分割。

「北緯17度線」 を 「暫定的な軍事境界線」 としたもの。

ベトナム戦争では、 この軍事境界線一帯が重要な戦場となる。
北ベトナム軍 VS 南ベトナム軍・アメリカ軍の激戦地だ。

pict-DSCN0872.jpg
       ☝ 軍事境界線のたもとに建てられた記念碑



長い地下壕があり、 観光客に当時の状況を味合わせてくれる。
                   ☟
pict-DSCN0871.jpg


「17度線」 観光に日本人が1人参加していた。
ホーチミンから休暇でフエに来たという、 某日系カーメーカーの
駐在員。

「私もハノイ観光のあと、 またホーチミンに帰ります」 とジジイが言ったら、 ホーチミンのホテルを予約してくれた。

豪華ホテルがコーポレート価格で安くなるという。
泊まったらなるほど素敵なホテル、 ありがたかった。

                * *

フエ → ハノイ(観光) → ホチミンへの移動は飛行機にする。
現地の旅行代理店に飛び込み、 まとめて航空券を購入。

クレジットカードを出したら3%の手数料がかかるという。
バカバカしいので現金で払った。


フエ空港へはタクシーより安いミニバスで...ホテルまで迎えに来てくれる。

この時、 偶然日本人と席が隣り合わせになりお喋り。
50歳前後のプロカメラマン、 ホイアンも訪れ撮影したという。

彼の言葉が印象に残る。

「数百枚撮っても、 運よく採用されるのは数枚。
 1日中じっと座ってシャッターチャンスを待つのが仕事」

ハノイ空港から一緒にバスに乗り、 ダウンタウンへと向かう。
彼は安ホテルの前で下車、 ここに泊まるという。

「切り詰めないとやっていけません」

プロカメラマンも大変だなあ..と思った。

               * *

では何が、 忘れられない旅の思い出になったのか?

それは前述したクラブからの帰りのこと。
酩酊した上に深夜の一人歩きは危険、 帰り道も不案内。

サムローを拾って乗り込み、 行先のホテル名を告げた。
若い運転手は 「そんなホテルは知らない」 という。

「橋の近くだ、 橋まで行ってくれ」

pict-サムローのある風景.jpg
       ☝ サムロー(三輪の意味)のイメージ画像。


サムローは走り出した → 着いた所は違う橋。
ジジイは、 灯りを頼りに近くのゲストハウスに行って尋ねた。

しかし受け付けの女の子も 「知りません」。

さあ弱った、 酔っ払いの真夜中迷子。
運転手は 「橋の名前を言ってくれ、 でないと動けません」

若い運転手は、 夜間だけサムローを借りるアルバイトか。
(今 調べたら、 フオン川には市街地で4本の橋があった)

真夜中とあって通りは薄暗く、 人の気配はもうない。
どうしたらいいもんか、 思案にくれるジジイ。

ハッと思い出した、 橋のたもとにある高級ホテルの名を。
ジジイのホテルはその近く、 南側に位置する。 (地図はココ

「サイゴン(モーリン)ホテルに行ってくれ」 

サイゴンと聞いたサムローは合点とばかりに走り出した。

なぜ運転手もゲストハウスの受付けも、 ジジイの告げたホテルを知らなかったのだろう。

上の写真で分かるように、 決して小さなホテルではない。

ジジイは図書館で借りてきた古い 「地球の歩き方」 記載のホテル名を告げた。

しかし後で気付いたことだが、 そのホテル名が変更されていたのだ。
ベテランのタクシー運転手なら百も承知のホテル。

しかし若いサムローやゲストハウスの女の子には、 旧名が通じなかったようだ。

この顛末が、 フエでの忘れがたい旅の記憶となっている。


ジジイはそれ以来、 ホテルに着くとすぐ......







ホテルのカード(名刺)を手に取るようになった。


チェンマイって ホントいいですね!  
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 11:54| Comment(3) | 旅の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
来年あたりにベトナム旅行を計画していて、あつかましい質問ですが、独居さんは長袖を着ていましたね。ベトナムはクソ暑くはなかったのですか?前編でもベトナム人の奥さんも長袖を着ていました。よろしければご教示下さい。
Posted by かっちゃん at 2019年09月05日 12:39
かっちゃん殿:
ジジイが行ったのは1月25日、日本の厳寒期です。
サイゴンは半袖に短パン、暑かったです。
しかし北上するとやや涼しくなってきて...
上に薄い綿のパーカーを羽織ったりしてました。
フエよりハノイはもっと涼しかったですね。
夜のハノイのオープンテラス、風が吹いて寒さで震えてました。 セーター着てましたが...
でも今年の4月上旬、5泊6日でダナン〜ホイアンに行った時は暑かったですよ。
シャツ1枚でずっと過ごしてました。 行く時期によると思います。
ジジイはどんなに猛暑でも、上に羽織る衣類は必ず持参します。
強烈エアコン対策ですね。 コメントありがとうございました。
Posted by 独居老人 at 2019年09月05日 16:49
早速のご教示ありがとうございました。😊😊😊
Posted by かっちゃん at 2019年09月05日 21:14
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