2019年07月31日

独居老人の生活1595(盟友逝く)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1595(盟友逝く)


 りっぱな死に方を心得ていない人間というのは、

 生前の生きざまが悪かった人間である。

                          トマス・フラー (17世紀のイギリスの聖職者・作家)

本ブログでは、過去数回にわたりパタヤ旅行の模様をお伝えした。

加えて ”ヤンゴンの切腹” (#159、 2015年1月15日掲載)では、 その恥ずかしい顛末をテーマにした。

これら旅行の団長を務め、 ジジイたちを指導してくださった爺さんが西さん(昭和15年生まれ、 仮名)だ。

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                   ☝
 2016年8月、 パタヤの桟橋で、 左が西さん、 右が日野さん。


その西さんが今年7月20日、 あの世へと....(享年79)
死因は虚血性心疾患急性心筋梗塞、 心臓麻痺というやつか。

急性とあるように、 突然に襲われてあっという間に...
西さんはとてもお元気だった。

今年7月上旬、 ミャンマー経済視察団・団長としてヤンゴンに赴き、 観光情勢を実地調査されたばかり。

ジジイも誘われたが、 6月から胃の調子が悪くて断念。
友人の日野さん(70、 仮名)がチェンマイから飛んで合流。

「11月、チェンマイに行くよ」 と話されていたのだが...

西さんは真面目な爺さんで愛妻家(奥さまは日本人)。
10数年居住のチェンマイでは奥さまとご一緒に仲睦まじく...

だからか、 愛人は一切持たなかった。
ゴーゴーバーなどのプロ専門で、 遊び方はとても綺麗。

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20バーツ札を数10枚用意し、 おねえちゃんのオッパイを触るごとに渡す。
なので何人ものおねえちゃんが席にやって来た。

おねえちゃんを連れ出すと、 部屋で一緒にビールを飲む。
日本から持参したツマミを食べ、 彼女の乳や太ももを触る。

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ジジイと同じで巨乳がお好きな爺さんだった。
そんな西さんは、 ヤンゴンから帰国してほぼ1週間後に死去。


理想的な死に方をなさったと思う。

ボケもせず、 ガンなどを患うこともなく、 寝たきりにもならず、 周りに迷惑をかけず、 日本でピンピンコロリ。

ヤンゴンでコロリといってたら、 ご家族は大変だったろう。

羨ましいりっぱな最期、 欲を言えばせめてあと5年、 お元気でいてほしかった。

西さんと最後にお会いしたのは今年5月5日、 東京でのランチ。
いろいろと思い出が蘇る。

チェンマイで数年前、 奥さまを交えて食事をご一緒した時、 ジジイはこう言った。

「西さんはお酒が大好き、 でも若い女には興味なしだから」

奥さまは笑いながら.....






「気を遣って戴き、 ありがとうございます」


ご冥福をお祈りします。  寂しいネ。


チェンマイって ホントいいですね!




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:18| Comment(6) | 交遊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近、不幸が多いような気がします。くれぐれもお体を大切にしてください。昨日の新しい公園、私がいつも泊まる高級ホテルから近いようで機会があったら行きたいと思います。以前、チョコレートファクトリーのレストランが閉店になったとありましたが、レストランの左右にあった店舗も全滅ですか。
Posted by カップ at 2019年07月31日 13:28
カップさん:
コメントありがとうございます。
新公園はホテルから5分と歩かないで行けます。エクササイズなさってください。
チョコレートファクトリーですが、テストランに向かって左側は全部閉じてます。
右側はやってるようなやってないような感じです。撤退は早かったですね。
Posted by 独居老人 at 2019年07月31日 16:58
歳の近い知人の死の知らせを、他人事のように思うのかもしれないけど
来るよ、あんた、突然に、
用意は出来ているかい、あんた

死ぬと、家族や親族だと のたまう人が、
平然と土足で、部屋に入りこんで、秘密にしていた物や、密かに大切にしていた物を
平気で、開け、見て、
自身の裏を、暴露し、笑い、
こいつは、馬鹿か、くだらないとのたまう

そのあと、金目の物以外は、遺品整理と言ってゴミ箱ポイっ。

生命の終わりに1度目の死を迎え、
自身を知る人の記憶から消え、二度目の死を迎え、
この世から完全に抹消される。

いつ来ても いいように、身辺整理しときなよ
Posted by at 2019年07月31日 21:38

 華麗なる日々の独居青年 樣

 友の死に臨み、まだ送るという感覚でしょうが、いつから置いていかれたという感覚になるのでしょうか。父は91歳で腹部大動脈瘤破裂で、あっという間も無く亡くなりました。誰からもピンコロと羨ましがられました。しかし、トンカツを食べに行った友は透析となり、スーパー銭湯に行く友は自己破産、チョット良い寿司を食べに行く友は、80歳で亡くなり、と段々に置いていかれるという感覚が強くなりました。
 翁は介護が必要になった段階で日本に帰るという事ですが、オンアボギャベイロシャノウ・・・なんて光明真言を口ずさんでも、オムツを替えてくれる介護士達は、翁が晩年タイで過ごされて、サンスクリット語にも造詣が深いと理解してくれるでしょうか。

Posted by タイ文字は文字化け? at 2019年08月01日 10:31
お名前未記入殿:
コメントありがとうございます。
ジジイは脳梗塞や心筋梗塞など、突然に倒れるのだけは避けたいと願ってますが...
こんなもの、お寺で願かけようが関係なし。
死んだら日本の家族に連絡が行くようにしているだけです。
「死ぬと、家族や親族だと のたまう人が、
平然と土足で、部屋に入りこんで・・」
こんな卑しい日本人がチェンマイにいるんでしょうか、考えも及びませんでした。
付き合いの深い友人には、「1週間も連絡がなければ、すぐ部屋に来てくれ」と頼んであります。
部屋に見知らぬ人が来たら注意するよう、話しておかなきゃなりません。
いつ突然死があってもいいように、おっしゃる通り身辺整理は不可欠ですね。
Posted by 独居老人 at 2019年08月01日 20:25
タイ文字は文字化け?殿:
はい、自分1人でやれなくなったら(排泄、食事、着替えなどの日常生活)、日本に帰らざるを得ません。
面倒みてくれる人がチェンマイにはおりませんので...
というか、自分で動けなくなったら死にたいですね。
といっても中々死なせてもらえません。
ジジイは74歳、ピンコロならいつ死んでもいい..こんな心境になっております。
ま、元気なうちもあと数年でしょう。 コメントありがとうございました。
Posted by 独居老人 at 2019年08月01日 20:33
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