2019年04月24日

独居老人の生活1506(収奪するもの、 何も無し)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1506
                       (収奪するもの、 何も無し)


  ものの始めを採すことで、人間は蟹になる。

  歴史家は後ろ向きにものをみる。

  ついには後ろ向きに信ずるようになる。
                                           ニーチェ


「文藝春秋」(1986年10月号)掲載の対談の中で、 当時の
文部大臣・藤尾 正行の発言が問題になった。

 「韓国併合は合意の上に形成されたもので、
   日本だけでなく 韓国側にも責任がある」

これに ”日本の” 野党や左派が猛烈に非難。

韓国の反発を憂慮した中曽根首相は、 藤尾の自発的な閣僚辞任を求めたが、 藤尾が納得せず拒否。

仕方なく中曽根は罷免権を発動し、 藤尾文部大臣を罷免した。
藤尾は歴史上の事実を率直に言っただけ。


日韓併合は日露戦争後のこと。
朝鮮統治を進めた日本は1905年、 当時の大韓帝国を 「保護国」 とする日韓保護条約を締結。

1910年には日韓併合条約の締結、 朝鮮総督府が設置され、 多くの日本人が朝鮮半島に渡った。

日本統治は、 朝鮮総督府が米国に降伏する(1945年9月)まで35年間続いた。

韓国併合は武力行使もなければ、 大韓帝国の意向を無視したものでもない。
大韓政府からも併合の提案がなされた事実がある。

あくまで両政府の合意の上、 当時の国際社会も認めている。
日本はやさしい、 欧米のような搾取的植民地支配をしなかった。

というか、 当時の韓国には収奪するような価値ある物が何もなかった。

なので日本は朝鮮半島を日本本土と同じと見て資金を投入、 朝鮮を近代化させた。

貧乏でバカな女に入れ揚げて、 家や土地を貢ぐチェンマイの爺さんによく似ている。
今になって考えれば、 何と愚かなことをやったもの。


1995年、 総務庁長官・江藤隆美のオフレコ発言も非難された。 

 「韓国植民地時代に日本はよいこともした」

これは村山首相(当時)の 「日韓併合は強制的なものだった」 の発言に異議を唱えたもの。

結局、 江藤隆美は総務庁長官を辞任した。
オフレコを報道した朝日新聞ら反日・売国メディアの餌食になったといえよう。

政界では、 オフレコでも本当のことを言ってはダメなようだ。

一方で村山談話や河野談話のように、 韓国に阿(おもね)た発言だけが未来永劫闊歩する。


ジジイに言わせれば、 韓国にとって日韓併合はイイことばかり。

貧窮の国にインフラが整備され、 資産が増え、 国が潤い発展し、 国民の生活が向上したのだから。

歴史的に見て、 ”植民地” が宗主国の資金によってあれほどに
発展した国はない。

韓国に言わせれば、 「勝手に入れ揚げておいて何を言う!」
散々貢がせて、 感謝のかの字もないチェンマイの女と同じ。

だから貢いだほうがバカなのだ。
韓国と同じにされちゃあチェンマイの女性は怒るだろうが...

                * *

では、 どのくらい貧しかったのか。
これは当時の大韓帝国を綴った書物ある。

1905年、 ジャーナリストの加藤政之助(後に貴族院議員)が京城(ソウル)を訪れた。

『大通りだけは比較的に清潔なりき。 但し市街の裏通りに至りては道幅8,9尺(2m半前後)、 車馬通せざる所あり。

下水及び塵芥の腐敗により起こる臭気、鼻を衝いてきたり...
城内の見るべき建築物は、 景福及び昌徳の二宮、 日本の兵営、 列国公使館くらいに過ぎず』

つまり、 民間の建築物は何もないという状態だった。

                * *

日本人が書いたものだから ”偏見があるのでは” の疑問も....
しかし当時の大韓帝国を同様に旅した外国人がいる。

英国人女性旅行家・イザベラ・バード(Isabella L. Bird)が朝鮮を訪れたのは、1894年、 62歳の時。

以後3年余、 バードは 4度にわたり朝鮮各地を旅行。
その時の見聞や印象を著したのが 「朝鮮紀行」 である。
               ☟
   pict-朝鮮紀行.jpg


イザベラ・バードは朝鮮より先に、 既に日本を旅していた。
1878年、 横浜に上陸した彼女は、 欧米人には未踏の東京〜
北海道の旅を敢行。

「世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、 全く安全に旅行できる国はない」 と故国の妹に書き送った。
              ☟
          「日本紀行
   pict-イザベラ・バードの日本紀行.jpg


その日本入国から16年後、 バードは朝鮮を訪れたわけである。
イギリス人が二つの国を依怙贔屓なく、 冷静な目で観察している。

日本の後に彼女が見た朝鮮は、 それはもう悲惨な情景だった。
ちょっと長いがお読みください。

『ソウルは都会であり首都であるにしては、 そのお粗末さは実に形容しがたい。

礼節上二階建ての家は建てられず、 したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の 「地べた」 で暮らしている。

路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、 荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。

おまけに、 その幅は家々から出た糞、 尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。

酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、 土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、 疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、 犬は汚物の中で転げまわったり、 日向でまばたきしている。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。

蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、 かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。

水ならぬ混合物を手桶にくんだり、 小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

周囲の山々は松の木が点在しているものの、 大部分は緑がなく、 黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

ソウルには芸術品がまったくなく、 公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。

他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。

古い都ではあるものの、 旧跡も図書館も文献もなく、 宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない。

結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、 堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない』


この 「朝鮮紀行」 には 韓国版があるそうな。
1997年に韓国延世大学が出版したのだが、 驚くなかれ、 内容が全く正反対。

「当時のソウルは清潔で、 人々はとても快適かつ豊かな暮らし、 東洋一美しい都市」..となっている。

同じバードの著書が、 韓国で翻訳されるとこうも変わる。
韓国版は、 内容を悪質に都合よく改竄しているようだ。

                 * *

こんなどうしようもない国を併合した日本。
日本が手を出さずとも、 どこかの国が奪っていたのに....

pict-ジョルジュ・ビゴーによる当時の風刺画(1887年).jpg
    ☝ ジョルジュ・ビゴーによる当時の風刺画(1887年)

日本と中国(清)が狙う魚(朝鮮)をロシアも虎視眈々。
大韓帝国は風前の灯火、 日本がババ抜きのババを引く結果に....


ではイザベラ・バードが書いた当時のソウルを写真で見てみよう。

韓国版 「朝鮮紀行」 では、 人々は豊かな暮らし、 東洋一美しい都市ソウル....本当かな?

  まあ、裏通りはごちゃごちゃ。
pict-日韓併合時代の写真26.jpg



   中心街もこんなレベル。
pict-Seoul中心街 通りに面した藁葺きの建物は商店 .jpg
       ☝ 通りに面した藁葺きの建物は商店。



    ソウル全景(併合前)を見よう。
 pict-ソウル全景(前).jpg

             ☟

    こんなソウルが日韓併合で変貌。
 pict-Seoul全景(後).jpg



   1880年代の南大門大通り(ソウル中心街) 
pict-1880年代のSeoul 南大門大通り(中心街)1.jpg

                 ☟


  1936年の発展した南大門大通り(ソウル)
pict-1936年のソウル、南大門通り.jpg
        ☝ 日韓併合から26年後の変貌だ。



イザベラ・バードが見た朝鮮人はこんな人々(1890年代)。
                  ☟
pict-Seoulの韓国人.jpg



    pict-日韓併合時代の写真16.jpg
     ☝ 胸を露出している女性の服装はチマチョゴリの原型。

跡取り息子を出産した女性だけが胸を露出する。
乳出しは当時の女性の誇りだったという。



 pict-日韓併合時代の写真17.jpg


一方、 その頃の日本はどうだったか。
1890年代の横浜を撮った写真が残っている。

  併合前のソウルと比べればその差は歴然。
pict-1890年代の横浜.jpg



    1890年代の横浜、 美しい街の光景がある。
  pict-1892〜1893年頃横浜江波写真スタジオ.jpg



   日用品を売る商店(1890年代)。
pict-日用品を売る商店1890.jpg
    ☝ 小綺麗な女性、 ソウルの女性とは大きく異なる。



pict-鳩に餌をやる子供1890.jpg



   こちらは1890年代の東京
pict-1890年代の東京.jpg


このような時代の日本が、 韓国を併合して莫大な税金を投入。
スケベ心を起こした付けが戦後(1945年後)に回ってくる。

日本の敗戦後、 韓国はアメリカによって独立。
池上彰がテレビ番組で述べた。
「韓国は日本が戦争に負けた後、 棚ぼた式にできた国」

1965年6月の日韓基本条約で日韓国交が樹立した。

代償は、日本が朝鮮半島に残したインフラ・資産・権利の放棄。
当時の韓国国家予算の2年分以上の資金提供だ。


戦前は、 日韓併合で多大な資金をつぎ込み経済的損失。
戦後は、 日韓基本条約で巨額のカネを支払う。

それでも韓国は、 「日本は悪いことをした、 千年万年謝り続けろ!」 と反日に明け暮れる。

んで謝罪するならカネ寄こせ..とゆする。
慰安婦・徴用工まででっち上げ、 補償しろと脅す。

韓国はいつまでもいつまでも日本にまとわりつく。
蛭(ヒル)のように.....


日本は過去、 韓国から収奪したものがあるのだろうか?

血(税)を吸われっ放しの日本.....







もう朝鮮とは、 関わらないでおこうよ。


チェンマイって ホントいいですね!

  <追記>
昨日(4月23日)、 空港近くのイミグレに行く。
目的は、 Re-Entry permit の取得。

午後1時半頃イミグレ到着。
待つことなくインフォメーションで順番カードを受け取る。

ジジイのカードはRE45、 RE43の人が手続き中だった。
6,7分待ってジジイの番、 何の問題もなく完了。
尚、 手数料はシングルで1,000バーツ。

オフィス内で友人とバッタリ。
彼の用事は90日届け、 彼も待たずにすぐ完了。

イミグレの業務改善は素晴らしく、 昼過ぎに行っても待たずにできる....このサービスがずっと続いて欲しいと思う。

ただ足の無い友人、 ソンテウに乗りエアポートプラザへ。
そこから猛暑の中、 徒歩でイミグレにやって来た。

で、ジジイは ”90日オンライン届け” の利用を勧める。
「今度、 俺が実際にやりながら教えるよ」

自分がプリンターを持っていないなら、 所有する友人に送信して
印刷して貰えばいい。

家の中(パソコン)で5分で終わる ”90日オンライン届け”、 利用しない手はないと思うが...  以上 




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:15| Comment(4) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

 華麗なる日々の独居 樣

 写真を沢山入れられた大編なのに、コメントが全くないのはさみしいですね。
 読書家の独居翁はもう既にご存知かも知れませんが、この本最近になって知りました。
Carter J. Eckert : Offspring of Empire, The Koch'ang Kims and the colonial origins of Korean Capitalism 1876-1945, 1991 by the University of Washington Press
カーター・J・エッカート著 日本帝国の申し子、2004 草思社

 慶尚南道の地主の李秉(サムスン(三星)の創始者)、同じく慶尚南道の地主具仁會(LG(楽喜))は小作人から搾取した財を農地の取得で投資資金を作り、1919年3月1日の独立運動対策としての総督府の政策に乗って農業以外の産業に投資し、また補助金を得て、資本家階級(新しい両班)を形成しました。
 こういうことは、日本による〇奪を掲げるファンタジー史観には絶対出て来ません。いや、文大統領の掲げる財閥解体は、この時に萌芽した、祖国よりも階級の利益を優先した、資本家階級を叩き潰すことにあるかもしれません。

 しかし、この本の中に日本について記する段で、「国体の本義」が出てきたのには驚かされました。

 
Posted by タイ文字は文字化け? at 2019年04月25日 11:26
これらの写真を見れば気分爽快!!
彼の国の人の皮を被った狒狒以下の生物は、この写真もああだこおだとイチャモンつけるのでしょうネ。
食べ物の話を思い出しました。彼の国では食堂でも食べ残しを使い回し・・・ つい最近まで!
そんな記録もインターネットで読みましたヨ。

Posted by 信天翁 at 2019年04月25日 13:29
タイ文字は文字化け?殿:
「日本帝国の申し子、草思社」は読んだことがございません。 興味ある本ですね。
文大統領の掲げる財閥解体へのご意見には同感です。 社会主義国家を目指しているんでしょう。
ジジイは日本の領土にしなくても、保護国のままで置いてけば良かったのに...
後付けですけどね、そう思います。 コメントありがとうございました。
Posted by 独居老人 at 2019年04月25日 21:18
信天翁さん:
コメントありがとうございます。
食堂でも食べ残しを使い回し、今でもやってますよ。
韓国系の焼き肉店では、たくさんの添え物(付き出しっていうんでしょうか)が出てきます。
あれは、残せばまた他に出しているという話です(韓国の伝統と言っていいかも)。
勿論、お店によって異なるでしょうが...
信天翁さんがこの手のテーマでのコメント、珍しいのでびっくりしましたよ(笑)
Posted by 独居老人 at 2019年04月25日 21:23
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