2017年06月04日

独居老人の生活883(#22忘れられない旅の思い出:ナイアガラの滝)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活883
             (忘れがたい旅の記憶‐22:ナイアガラの滝)


  1オンスの母は、 10トンの聖職者ほどの価値がある

                                             スペインのことわざ


絵にも書けないような美しい風景を眺めて、
「ああ〜素晴らしい!」 と、 感動する。

でも生涯残る旅の記憶は、 思いがけない出来事にあると思う。

独居老人の 「忘れがたい旅の思い出・Top‐10」 をシリーズで
お届けしております。
本日はその番外編‐32(Top‐32)です。            

                 * *

ナイアガラの滝には1度だけ行ったことがある。

   pict-thJZ9QE7UX.jpg


今から約25年前でジジイが47歳の時。
1992年9月初旬、 ジジイの長男(17歳)が一緒だった。

ニューヨークで3日間観光した後、 飛行機でバッファローに行く。

バッファロー空港からはレンタカーを利用、 カナダ側ナイアガラフォールズまで27kmをドライブ。 (地図はココをクリック)

pict-DSCN0756ナイアガラ.jpg


予約しておいたホテル 「ホリデイイン」 に無事チェックイン。
無事とは書いたが、 ホテルの場所を探すのに苦労した。

今のようなグーグルマップがなかった時代で、 街に入ってから
何度か尋ねる。

変なことを覚えているもので、 それが 「ホリデイイン」 の朝食。
日本人団体客が居た訳でもないのに和食が用意されていた。

大勢いる白人客は味噌汁の臭いが不快では? 
こんなどうでもいいことを考えた記憶がある。


pict-DSCN0757.jpg
        ☝ ジジイの長男。



pict-DSCN0758.jpg
               ☝ 47歳のジジイです。


ナイアガラには2泊したのだが、 滝ばかりでは飽きる。

3日目にナイアガラ近郊の小さな町(Niagara-on-the-Lake)へ
ドライブ、 こっちの方が旅として興味が涌いた。

                * *

ではナイアガラで、 何が忘れられない旅の思い出になったのか。

それは日本にいるジジイの母に送った1枚の写真。 
観光地によくある、 風景セットに顔だけ出したものだ。
 
次のように一筆したためて.....

 『ナイアガラの滝に行ったよ。
  オレ 樽の中に入り、 川から滝に落下して見せた。
  ニュースになり、 地元の新聞にも載ったよ』


右側の ”新聞切り抜き写真(土産記念用)” を母に送付。
”ナイアガラ新聞: 樽の中に入って滝を越す(渡る)”

pict-ナイアガラ1992-9-8.bmp
                     ☝ 樽の中にいるジジイ。



後日ケンタッキーのジジイ宅に国際電話があった。
母親からで、

「子供もいるのにイイ歳して、 何をバカなことをやってるの!」


まさかジジイのジョークを本気にするとは思わなかった。
当時母親は74歳、 オレオレ詐欺があれば簡単に引っかかる。


ナイアガラの旅から9年後(2001年)、 母はあの世に旅立った。











ナイアガラといえば....滝より母を思い出す。


チェンマイって ホントいいですね!

 (後記)
以前、 読者(あほーしゃちょー殿)からのコメントで、
「いつになったらトップ10に入るの?」 という質問を戴きました。

「トップ30を超えたらトップ10に行きます」
そうお答えしたのですが、 PCが壊れて準備していた写真が消滅。

現在、写真を整理(検索)中のため、 今しばらくお待ちください。




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 09:26| Comment(4) | 旅の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

寝起きから楽しいお話
ありがとうございます。。
Posted by N at 2017年06月04日 11:47
Nさま:
コメントありがとうございます。
寝起きで読んで戴けるなんて光栄です。
そうですね、寝起きならもっと爽やかな話がいいのですが、そんなネタがなかなかないもので.....
風俗じゃあね〜。 またのコメント、お待ちしております。
Posted by 独居老人 at 2017年06月04日 14:40
業務出張が5大湖の近くだったので、ナイアガラは出張者仲間と一緒に数回行ったことがありますが、私の思い出は、カナダ側でアメリカ人の爺いに「リメンバー・パール・ハーバー」と言われた苦いものが残っています。それを言うなら「リメンバー・ヒロシマ・ナガサキだろう」と言い返したかったです。俺たちは「戦争を知らない子供たち」なんだとも。
Posted by ナムトック at 2017年06月07日 08:08
ナムトックさん:
コメントありがとうございます。
「リメンバー・パール・ハーバー」ですか。
No more Hiroshimaと言いたいですよね。
ジジイは幸運にも、そのような気分を害するようなことは言われたことがありません。
日本人ということで、何処でも歓迎された感じです。 
バブルの時もありましたしね、金持ちと思われたのかも......
Posted by 独居老人 at 2017年06月07日 10:01
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