2014年11月14日

独居老人の生活111(苦しい馬券)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐111(苦しい馬券)


   いのち金には手をつけるな
                       株式相場の格言

    いのち金だけは残しておけ        

              タイ人女性をパートナーにする日本人爺さんの格言
              女に裸一貫で棄てられても、自分の食い扶持だけは確保しておけの意。
              貢ぐのもそれ相応程々に。

    会社の金と女には手をつけるな
                     独居老人(会社員時代)の座右の銘



酒好きな独居老人だが、ギャンブルにも目がない。
入社応募の履歴書の趣味欄に麻雀と書いた位だ。

若い=世間知らず=馬鹿の典型的例。

さすがに競輪・競馬とは書かなかった。
だがこの二つは一通り齧(かじ)っている、と言うかファン。


但し今は金を賭けることは希、観戦のみを楽しむ。
何故熱くならなかったと言うと、損ばかりだったから。

ジジイは投じた金を手帳に書き、月、年毎に収支決算書を作っていた。
これが7年8年と連続赤字が続くとバカらしくなるのだ。

そのくらいギャンブルは負け続き。 全く儲からない。
30代半ばで手を引いてしまった。



今でもここチェンマイで競輪・競馬の観戦は欠かさない。
実況中継ではなく、レースダイジェスト録画をパソコンで観る。

参考迄に、
(1)例えば中央競馬を観るなら、ココをクリック。

出て来た画面の”出馬表” をクリックし、あとはレース結果に進めばOK。
尤もジジイが観るのはG‐U以上のレースだけだが・・・・・。


(2)競輪を観るならココをクリック。

現れた画面の”調べる” にカーソルを当て、次に”開催日程” をクリックすれば、期日とレースを選択できる。
そしてレースダイジェストをクリック。

上記(1)(2)ともレース観戦は翌日の朝方がいい。
映像がスムースに流れるから。

競輪とはこんなレース。
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競輪・競馬のパソコンスキルは、チェンマイに来て初めて知る。
当地在住の先輩爺さんが親切にも教えてくれたのだ。

ジジイの顔が余程賭け事好きに見えたのだろう。
相手様から「競輪はこうしてやれば・・・・」と教え始めたのだから。

現在チェンマイで競輪談義が出来る相手はこの爺さん一人。
他の爺さんたちは皆スケベ、女に夢中なのだ。 寂しい限り。


「カノ女の見つけ方はこうして・・・・」などは、誰も教えてくれない。
ジジイに女性を紹介してくれる知人友人は滅多にいない。

これはジジイの顔が女好きに見えない事にある。
今更スケベ顔に変えるなんて事は不可能、何とも歯痒いこと。

             * *

そんな気品あるジジイのこの日の夕食はタイそば。
店名「Jeiang fish Ball Noodle」

場所はチャンクラン通り、シャングリラホテルの近く。
北タイ情報紙「Chao」の地図(E‐5)

店を表から見る。
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飲茶が並ぶ。
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店内。
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こちらはエアコンがある(硝子で間仕切り)。
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飲茶:25バーツ/個、 Beer Leo大瓶:75バーツ。
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ダックそば:45バーツ。
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              * *

競馬に関し、独居老人には苦い思い出が二つある。
一つは、会社の先輩から馬券購入を頼まれた時。

「君、今日馬券買うならオレのも一緒に・・・・」
と言われて6−7の連単一点買いで千円を預かる。


ジジイには競馬狂の友人がいて、いつも彼に馬券を買って貰っていた。
その日も彼に電話して、先輩の分を含めて馬券購入依頼。

結果、先輩の6−7が的中、配当12000円、払い戻し12万円となる。

友人は言った。

「6−7なんて絶対に来ないと思い、半分の500円だけ買って残りは他に回したんだよ」

33歳の独居老人、自腹で不足の6万円を拠出、先輩に12万円を渡した。
キッチリやらないと社内で悪い噂が飛び交う羽目になる。

しかし36年前の6万円はジジイにとって大きな負担。
それ以来、馬券購入は自分の分だけにしている。


依頼通りに馬券を買わなかったその親友はどうしたかって?

「いやー、悪い、悪い、全部お前の分(馬券)だと思ってたよ」

と謝ってくれた・・・・・・・・・・・・(だけ)。



ギャンブル運なし、金運なし、女運なし。
思えば運のない人生だった。



こうなりゃ旨いモノ食って酒飲んで・・、これしかない。


食欲だけが人生だ!








でも、チェンマイで女運だけは変えたいな。

チェンマイって ホントいいですね!
 (追記)
競馬 ”二つの苦い思い出” の残り一つはいずれまた。
(訂正)
昨日のブログ‐110(誰が送るの?)の文中にある、
「月のうさぎ」の冷奴30バーツは誤り → 39バーツに訂正(しました)。







posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 06:13| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
独居老人様、

麻雀、競輪、競馬、・・・・・・・・

私も大好きでした!麻雀は小学生のころからやってまして、中学のとき親父の代打ちで並み居る親父どもを薙倒したこともあります。競輪は中三から初めて日本を離れるまで・・・。原付で15分の所に競輪場があり開催日が待ち遠しいマセタ少年でありました。今のようにS級と言うのはなくB級2班のレースから始まって、10レースのA級1,2班による決勝と云う仕組みでした。ジャーン、ジャーン、ジャーンという後一週を知らせる鐘の音、それと同時に各車いっせいにスピードが上がり2コーナーあたりでトップ引きがバンクの外に上がり・・・・。数十年ぶりで競輪の醍醐味を思い出させてもらい、ありがとうございました。

日本で最後に馬券を買ったレースが川崎のローカルから勝ち上がって中央に挑戦してきた「ハイセイコー」のダービー。NHK杯で鋭い差し足で勝ったものの、1600Mまでの馬と見切りをつけ、ハイセイコーをはずしての馬券買いとなりました。当時銀座に住んでいた私は2丁目「松屋」の裏の場外馬券売り場に行ったものです。

と、云うことで来年の今頃は私もそのお仲間に入れていただきたく存じます。

>自腹で不足の6万円を拠出、・・・

大金でしたね。私が銀座に住んでいたころ、東京都の最低賃金方が美濃部都知事の「努力で」月3万円でした。新卒の大学生の初任給が5−6万円前後、高卒で3−5万円くらいだったでしょうか。円が固定から変動相場制になり360円から310円くらいになっていました。
それに比べれば現在の115円なんて、とても凄いことだと思います。私が日本を離れたときの円相場は308円、今でも忘れる事が出来ません。

>ギャンブル運なし、金運なし、女運なし。
思えば運のない人生だった。

そんなことは決してないと思われます。
人生のギャンブルに勝ち、悠々自適な生活が出来る「金運」に恵まれ、悪い女に騙されることのない「女運」と、すごいことだらけじゃないですか!
私にもその秘伝を伝授してもらいたいものです。

ダックそば、美味しそうです。(エッグヌードル)でしょうか?
Posted by PIZZELLE at 2014年11月14日 12:14
PIZZELLEさん:
カネが無かったから女に騙されませんでした。
現在の生活は憂々自適、貧乏には慣れてます。
ダックそばの種類までは分かりません。
仰る通り円高の恩恵大、これは国の経済力アップの賜物、いい時代に生まれたと思ってます。
Posted by 独居老人 at 2014年11月15日 11:14
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