2019年11月14日

独居老人の生活1691(壁がなくなる)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1691(壁がなくなる)


 一人の人間にはその運命と人生とを

 決するようなときが生涯、 一度は必ずあるものであり、

 それを乗り切った瞬間 彼の未来は全面的に変わるものだ。

                                    遠藤周作 (作家)


@ ツーリストは寒いのがお好き。

大勢のツーリストがチェンマイや Loei にやって来る。
お目当ては山岳の景色と寒さを楽しむこと。

pict-Doi Inthanon.jpg


ドイ・インタノン山(チェンマイ)では、 2019年11月12日早朝、 5℃にまで冷え込んだ。

Loei 県のAt Phu Kradung 国立公園では、 今年最低の10℃を記録した。

pict-Doi Inthanon 2.jpg

               * *

北海道に住む友人などは、 寒さなんか楽しんでいられない。
で、チェンマイに来て、 半年ほど温暖な気候を満喫。

日本人爺さんがタイ人の奥さんor 恋人を連れて冬の日本へ...

爺さんは寒くて寒くて小便をチビりながらも我慢、 彼女のために降り続く雪の中で写真を撮るとか。

降雪や5℃の天気、 タイ人にとっては夢のような現象なのかな。


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A 壁をなくして30年。

ベルリンの壁の存在は1961年8月13日〜1989年11月9日。
今年で壁が崩壊してから30年経過。

東ドイツの中に飛び地としてあった西ベルリン(西独)。
その都市を取り囲むように作られたコンクリートの 「壁」 は、5年間で総延長約30キロに....

pict-ベルリンの壁 画像.jpg



pict-berlinwall.jpg



ジジイは若い頃、 ベルリンの壁は東西ドイツの国境線に建設されたと勘違いしていた。
              ☟
   pict-ベルリン地図.jpg


ベルリンの象徴 「ブランデンブルグ門」 の目の前にも壁。
その後、 崩壊までの28年間、 東西ベルリンを分断した。

pict-ベルリンの壁2.jpg
           ☝ 壁は2重に作られていた。


なんとか東ドイツを脱出しようとする人は後を絶たず。
壁を越えようとして東ドイツの国境警備隊に射殺された人も多い。

死亡者は少なくとも130人以上(200人前後とする説もある)。

トンネルを掘ったり、 気球で飛んだりして脱出を図った人も...
まさに命を懸けた逃亡劇が繰り返されたのだ。

1989年11月9日、「ベルリンの壁」 は崩壊した。
翌年、 東西ドイツは再び一つになる。

pict-ベルリンの壁3.jpg



pict-ベルリンの壁の開放.jpg


「ブランデンブルグ門」 も普通に通行ができるようになった。

pict-壁が消え、「ブランデンブルグ門」も通行.jpg

懐かしい 「ベルリンの壁崩壊」 のビデオです。(1分52秒)
                 ☟
https://www.youtube.com/watch?v=zmRPP2WXX0U&feature=emb_logo

              * *

ベルリンの壁 崩壊から11月9日で30年。

長さ1.3kmの壁が残るイーストサイドギャラリーでは、 壁に当時の映像が映し出され、 多くの市民が見つめた。
                  ☟            (newsweekより)
pict-DSCN6283.jpg
30年前ならジジイは44歳、 雨の日も風の日も働いていた。

60歳の時、 ジジイを取り囲む壁がなくなった。
自由に何処にでも行き、 そこに住むことさえできるのだ。

それから14年間、 ずっと今日まで至福の時を楽しんでいる。







これもチェンマイのお陰だ。


チェンマイって ホントいいですね!  
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:37| Comment(4) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする