2019年11月11日

独居老人の生活1688(#14とんでる女の今昔物語:天国に結ぶ恋)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1688
            (#14とんでる女の今昔物語:天国に結ぶ恋)


 みずから苦しむか、 もしくは他人を苦しませるか、

 そのいずれかなしには恋愛というものは存在しない。

                                  レニエ (フランスの作家、 詩人)


1932年5月、 神奈川県大磯町の坂田山の松林の中で若い男女の死体が発見された。

男性は慶應義塾大学の制服姿、 女性は錦紗の和服姿の美人。
昇汞水を飲んだ服毒自殺、 心中だった。

男性は東京府の慶應義塾大学の学生・調所五郎(24歳)、
女性は静岡県の素封家の娘・湯山八重子(22歳)。

二人はキリスト教の祈祷会で知り合い、 交際を始めた。
しかし女性の両親が反対し、 別の縁談を進めようとしていた。

そのため二人は家から出て、 永遠の愛を誓って心中を決行。

  pict-坂田山心中.jpg
         ☝ 湯山八重子と調所五郎。

                * *

両家の意向があったのか、 警察は次のように異例の発表。
「令嬢は清く汚れのない処女であった」

新聞各紙は二人のプラトニック・ラブを盛んに報じる。
特に東京日日新聞は 「純潔の香高く 天国に結ぶ恋」 の見出し。

これが 「坂田山心中」 を象徴する名文句となり、 ロマンチックに美化された同名の映画や歌が大ヒット。

pict-映画「天国に結ぶ恋」 2.jpg

                * *

遺体発見の翌日、 怪奇な事件が発生。
仮埋葬した2人のうち、 八重子の遺体が無くなっていた。

令嬢の遺体が盗まれるという猟奇事件は新聞で大きく報道され、 大騒動となる。

警察が地元の人の協力を得て捜査。
松林にあった船小屋の砂の中から全裸の八重子の遺体を発見。

犯人は埋葬作業員の橋本長吉(当時65歳)。

「異常な興奮を覚え、 女の遺体を船小屋まで運び出し、全裸にしてから愛撫したり局部を見たりした」 と供述した。

この時の新聞報道がすごい、 今のエロ雑誌の見出しのよう。

「おぼろ月夜に物凄い死体愛撫、 砂上に葡(は)う女の黒髪」

                  * *

その後、両家が話し合った結果、 遺骨を分骨して2人が天国で結ばれるようにと葬った。

  pict-坂田山心中事件.jpg


そしてこの 「坂田山心中事件」 は、人々の涙を誘い 「天国に結ぶ恋」 というタイトルで映画化、 爆発的なヒット。

五所平之助が監督、 主演が竹内良一と川崎弘子。
心中事件から僅か1カ月で映画公開という早業だった。

  pict-映画「天国に結ぶ恋」.jpg


しかしこの映画公開で弊害が出る。
坂田山で心中する男女が後を絶たず、 同年だけで20組が心中。

1935年(昭和10年)までの自殺者(未遂含む)は約200人に....

この映画のヒットをきっかけとして、 マスメディアに 「心中」 
「情死」 「天国」などの言葉が氾濫。

翌年の三原山女学生心中事件など、 多くの自殺騒ぎを誘引。


歌謡曲 「 天国に結ぶ恋」 (悲恋大磯哀歌)をどうぞ!
                ☟        (45秒)
https://www.youtube.com/watch?v=PCKjE4I3eBQ&feature=emb_logo

この歌では、 歌い出しよりも人気になったのが三番の歌詞。
  (上のyoutubeが三番を唄っている)

  ふたりの恋は清かった ♬
  神様だけが御存知よ

  死んで楽しい天国で
  あなたの妻になりますわ

歌:徳山l・四家文子 
作詞:柳水巴(西條八十)  作曲:林純平(松平信博)。


このような歌はチェンマイでは流行らない。
日本人爺さんと若いタイ人女性は心中なんぞやらないから。

で、こうなる。

  ふたりの恋はカネだった ♬
  仏様だけが御存知よ
  貢いで楽しく現世を
  ヤッてヤッてヤリまくる

爺さんは腹上死、 歌のタイトルは 「天国でも結ばれない恋」。

               * *

ジャーナリストの半藤一利がまだ文藝春秋の編集者だった頃、 ヒロイン・湯山八重子の実姉に取材したという。

以下、半藤氏が語る秘話を引用。 
  (実姉が回想して曰く)

「この事件では、 湯山家と私が純情な2人に無理解で、 結婚を許さなかったから起こったのだと報道され、 世間の非難を浴びました。

でも本当は八重子は身体が弱くて結婚に自信がなく、 心から悩んでいたのです。

世の中はそうとは知りません。
映画が作られ、 私たちは試写会へ出かけてみました。

思った通り、 八重子は悲恋のヒロインで家族からいじめられている。
私は本名で登場し、 邪険な姉の役が演じられていました。

街を歩けば人に後ろ指をさされ、 脅迫や中傷の手紙が次々に舞い込む、 宗教の勧誘までありましたよ」


実姉の回想のお終いはこうである。

「先年、 私は子供や孫たちとバスを借り切って静岡へ旅行したんです。

バスが大磯にさしかかると、 女の車掌さんが坂田山を指差しながら、 例の歌を唄い、 八重子と五郎さんの悲恋物語を説明してくれました。

その中でも、 やはり私たちは悪役として扱われていました。
汚名はいつまでも消えませんねぇ」

               * *

気の毒になるのが、 心中に付き合わされた感じの調所五郎だ。
「八重子さんに卑怯者だと思われたくない」

こんな思いがあったというが、 性交することなしに心中だけが成功、 24歳の若さであの世行き。

もし死ぬ前に1発ヤッていれば、 「こんな気持ちのいいことが世の中にはあるんだ」 と、 心中を思い直していたかも....

八重子には今でいう自殺願望があったのだろうか。
調所五郎は、 華族・調所広丈の孫で家柄もいい慶大生。

とんでる女・湯山八重子に惚れたのが運の尽きだった。

pict-pict-P_20191111_082551_vHDR_On_p.jpg
           ☝ 湯山八重子。



「今でも H したい、 元気で長生きしよう!」 と

74歳のジジイは老春に胸を躍らせているのだ。






バイアグラのお陰です。


チェンマイって ホントいいですね!   


<参考までに:調所五郎の遺書

もし私が明六日になつても帰らなかつたらこの世のものでないと思つてください、

かずかずの御恩の万分の一もお返し出来なかつた自分を残念に思つてゐます、

御相談申し上げなかつたのは八重子さんにわたくしを卑怯者と思はれたくなかつたからです、

そしてお父様にこの上御心配をかけたくなかつたから姉さんに約束した赤ちやんの写真も撮らずに終ひました。

梶原さんに頼まれた複写の原画は暗室の棚の下の段の右側に封筒に入れてあります。

写真器は押し入れの中に乾板が六枚入つてゐるから自分でやつて下さるようにハレーション止めしてある乾板ですから、 幸子を可愛がつてやつて下さい、

本当の兄妹がもう宅に居らなくなつてしまふから、 湯山さんのお宅の方が見えたら八重子さんから戴いた手紙は全部纏めてありますから見せるなり差しあげるなりしていただきたいものです。

八重子さんにいただいたものも全て纏めて集めてあります。

スエーターはお母さんが在り場所を知つていらつしやるでせう、 小さな押入れの三つの箱がさうです、

写真はアルバムに貼つてあるのと、 アグフアのクロモイゾールの箱に入れてあるので全部です、 一緒のバンドで結へてあるのは皆さうです、

先月の十七日以来心掛けて全部片付けて置きました、 もう思残すことはありません。

生みの母、懐かしいお母さんのお墓にお詣りして来ました、 直ぐ傍にゐることが出来ませう。

では皆さんさようなら。
明日は早く起きなくつちやなりません。

 七年五月五日夜更け 五郎
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:10| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする