2019年09月20日

独居老人の生活1642(#20懐かしき女優:尤敏)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1642(#20懐かしき女優)


   音楽には永遠の命があると思う。

                           アン・ダドリー (イギリスの作曲家)


約1年4ヵ月ぶりに復活の 「懐かしき女優」、 今日はジジイが10代の頃に見た人気女優が登場。

ということは、 60代の映画通の方でも馴染みが薄いかも。
ボケていたって昔のことは意外と覚えているもの。

では70、80代の皆さま、 昔を思い出して戴きましょう!
先ずはこの女優さんから。

 尤敏(ゆうみん)。  

1936年(昭和11年)8月、 香港に生まれた。

1950年代から60年代にかけて香港映画界で活躍した人気女優。
父親の白玉堂は広東オペラの名優であった。

   pict-鳥語花香(1954).jpg
         ☝ 1954年の 尤敏(18歳) 
   

尤敏は、 1952年から1968年で、 41本の作品に出演。
1961年から63年にかけては、 東宝映画(香港と合作)にも出演、 人気を博した。

 1.香港の夜 1961年(尤敏が25歳の時)
              ☟
  pict-香港の夜.jpg  


 2.香港の星 1962年

 3.ホノルル・東京・香港 1963年
              ☟
  pict-ホノルル・東京・香港.jpg


 4.社長洋行記 1962年
 5.続・社長洋行記 1962年

1〜3の作品は宝田明と尤敏とのラブロマンスを描く。
香港と東京など各国の国際都市を跨いで舞台としている。

B-707ジェット旅客機が登場、 勃興期のパンアメリカン航空が
撮影協力。

pict-香港の夜のシーン.jpg
            ☝ 「香港の夜」 のシーン。


彼女は3年間で5本の映画に出演、 1962年だけでも3本という超ハイペースで、 日本に入り浸りの状態。

当時高校生のジジイは、 5本を全て観ている。
ただ粗筋がパッと思い出せない、 どれも強烈な印象に乏しい。

しかし尤敏ファンになっていたジジイは、 彼女のチャーミングな顔や仕草にうっとりだった。

pict-尤敏.jpg


一方コンビの宝田 明は1934年4月生まれ、 尤敏より2つ年上。
既に 「ゴジラ」 などに出演、 当時の人気スター。

   pict-宝田明.jpg

「香港の夜」 は、 27歳と25歳の美男美女が共演する恋愛映画。
最終的に国内で興行収入約5億円を記録する大ヒット。

合作相手の電懋(香港)も、 香港・台湾・東南アジアでの上映で30万米ドル以上の配給収入を得る。


東宝は、 宝田/尤敏コンビでしこたま稼ぐ算段をしていたろう。

しかし2年後の 「ホノルル・東京・香港」 を最後に、 尤敏の来日は途絶えてしまう。

尤敏が28歳の年(1964年)に結婚したからだ。
相手はマカオのカジノ経営で巨万の富を築いた財閥の御曹司。

御曹司とはロンドンで結婚、 半年間の予定で新婚旅行に出発。

だが旅行中に親しかった女優の自殺などハプニングが重なり、 切り上げて4ヶ月ほどで香港に戻る。

そして帰国後、 尤敏は正式に引退を表明。

家庭に入った尤敏は妻として、 3人の子供の母として過ごし、 映画はおろか公に出ることはなかった。

しかし美人薄命、 1996年12月、 尤敏は心不全のため香港の病院で死亡、 享年60歳。


尚、2019年7月12日、 尤敏と夫が共に眠る墓を何者かが破壊。
2人の遺骨や埋葬品が持ち去られており、 警察が窃盗の疑いで捜査を進めているそうな。

                 * *

宝田明は尤敏が亡くなった6年後の2002年11月、 国際交流基金フォーラムでスピーチ。

  pict-宝田明2.jpg

尤敏とのエピソードを次のように語っている。

『3本目の撮影の休みで香港に帰った彼女がまた日本に来て、 ちょっと話があるから帝国ホテルに来てくれと....

で、 「自分と結婚する考えがあるか?」 と言われたのです。

「いや、 俺はまだちょっと仕事をしなきゃいけない」 と。

何でそんなことを急に言い出すのかと聞いたら、 香港に帰ったときにパーティである方に会って、 プロポーズされたと。

それはいいじゃないかと.....内心は面白くなかったですが(笑)。

相手はというと、 長く英国に留学して建築の勉強をして、 映画界のことはよくわからない方で、 パーティで会ってプロポーズしてきた。

家柄はと聞いたら、 マカオの公営賭博場総元締めの御曹司だと言うのです。

それで僕は、これこそ玉の輿だと思いまして 「結婚しろ!」 と。

その人と結婚して、 「1年に1本でいいから、 好きな映画を自分で選んで、 自由に出たらいいじゃないか」 と言って勧めたわけであります。

彼女は傷心の思いで帰ったわけでありましょう。
そしたら、「第四作は出ません」 と向こうから連絡がありました。

そこで私は東宝から袋だたきにあいまして、
「おまえが手をつけたに違いない」 と....


当時も今でも、 スターが結婚すると人気が落ちる。
宝田明は尤敏に手を付けず、 スターの座を守ったのか。

宝田が結婚したのは尤敏の逆プロポーズから3年後の1966年、 32歳の時だった。

相手は日本人初のミス・ユニバースの栄冠に輝いた児島明子。
しかし18年後の1984年、 離婚した。

                * *

宝田明が更にエピソードを語る。

その後結婚してたいへん幸せになられて....
ある年、 友人たちと香港を訪ねて尤敏を夕食に招きました。

そのときに 『香港の星』 の中で歌った曲のテープを密かに持って行きました。

pict-尤敏(ユーミン)香港の花2.jpg 
           ☝ 尤敏が唄う 「香港の花」。
        

そのレストランで、 係にテープを流すよう頼んでおきました。
彼女が入ってきて、ばーんとご自分の歌ったのが出て参りまして。

食べていた箸を置いて皆スタンディング・オヴェイション。

そして私のところに来て座って、そのときにはもう涙を流して、
にこやかな顔で 「あなた、ありがとう」 と....

                * *

宝田明は85歳で今も健在、 一方の尤敏は約23年前に死亡。
人間の運命はわからないものだ。

もし2人が結婚していたら面白かったのに。
でも、 離婚してたかな。


原節子同様に、 老醜を曝さなかった尤敏は....







ジジイにとって 永遠のスターだ。


チェンマイって ホントいいですね!
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 11:54| Comment(2) | 懐かしき女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする