2019年09月01日

独居老人の生活1624(昭和と令和)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1624(昭和と令和)


  新しい一歩を踏み出すこと、

  新しい言葉を発することは、

  人々が最も恐れることである。

                        ドストエフスキー (ロシアの作家)


@ 台風 Podul による被害。

2019年8月29日夜、 台風 Podul はタイ東北部・サコンナコン(地図はココ)の村を襲い、 いくつかの家屋に被害を与えた。

木造の家の支柱が倒れる前に何とか逃げた女性(66)が語る。

「家が揺れ始めた時、 走って隣の家に行きました。
  死ぬ一歩手前でしたね」

その他60棟(家)が倒れた木でダメージを受けた。

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                 * *

台風 Podul は勢いが衰えたものの、 豪雨を各地にもたらした。

ナンでは地滑りが起きて、 Huay Jod村の14戸が孤立。

ピッサヌロークの5つの地区は洪水に見舞われる。

コンケーンでは、 Huay Jik 運河が溢れ、 市内300の家が浸水。
住民は屋根に避難 → 助け出されて31日午前、 高台に移る。
 (source : Daily News)

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A 元号。

74歳のジジイは昭和、 平成、 令和と、 3つの時代に生きている。
従って、平成・令和の新元号発表という歴史的瞬間を目にすることができた。

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     ☝ 1989年1月7日、新元号発表。

  
では昭和の時はどうだったのだろう?
大正天皇は、 1926年(大正15年)12月25日午前1時25分に48歳で崩御。

東京日日新聞(現在の毎日新聞)が崩御直後に号外を出す。

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     ☝ 大スクープで、 新元号は 『光文』 と報じた。



また同25日午前4時に発行した朝刊最終版(市内版)においても、 『光文』 と決定の見出しで報道。

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       ☝ 赤矢印の箇所、 「光文」 と明記。


新しい元号として内閣勘進案では、 「立成」 「定業」 「光文」 「章明」 「協中」 の5種があった由。

しかし、 実際に宮内省が同日午前11時頃に発表した新元号は 「昭和」。  大誤報になる。

じゃあ誰がこの責任をとるのか。
編輯局主幹だった城戸元亮が辞任(大阪に転勤)し収拾。

そして誤報の発火点になった政治部の杉山孝二記者は退社し、 完全に消息を絶った。
戦後の毎日OB会にも一切顔を見せることはなかったと、 半藤一利が自著で述べている。

これを 「光文事件」 と呼ぶが、 ではなぜ誤報になったのか。

当時の宮内省が情報漏洩に腹を立て、 内定した 「光文」 から 「昭和」 に急遽変更したという説がある(猪瀬直樹著)。

「昭」 という字は、 それまでは日本人のほとんどが知らない字だったという。

なので明治・大正では、 「昭」 の字の名付けを思いつかず。

俳優の小沢昭一や 中山昭二、 作家の野坂昭如は昭和一桁生まれなのだ。

ソニーの盛田昭夫は大正10年の生まれだが、 珍しく 「昭」 の字が付いている。

これは彼の祖父と父親が漢学者で、 「書経」 堯典に精通していたから。
巷にいる普通の人々ではまず 「昭」 の字は出ないという。

                * *
 
このように 「昭和」 になり 「昭」 の付く名前が俄然増加。
では 「令和」 ではどうだろう?

真っ先に利用したのが山本太郎で 「れいわ新選組」。
令和が発表された日(4月1日)に届け出た政党名だ。

山本与太郎くんはこの辺の受け狙いの勘は冴えている。

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そして先の参院選では優先枠で2名の当選を果たす。

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参院選後初の臨時国会が開かれ、 初当選した重度の身体障害のある議員2人が大型の車いすで初登院。

参議院は両議員がバリアフリーで登院できるよう議事堂の改修に着手。

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過去、車椅子を使う国会議員はいたものの、 大型車椅子と付添人が必要な重い障害の議員は2人が初めて。

加えて議会内で介護者が同席し、 投票などを介助できるよう、 院内のルールも変更された。

  pict-山本太郎語る「れいわ.jpg


両議員が利用する 「重度訪問介護」 は障害者総合支援法に基づく制度で、 入浴や食事など自宅での生活全般に介助が付く。

利用者の自己負担額は原則1割で、それ以外は公費。

但し、厚生労働省によると、 職業の種類を問わず、 通勤や就労に対する介助は対象外。

個人の経済活動に対する公的補助は是非が分かれるためだ。
議員活動も 「経済活動」 であり、 公費負担の対象外となる。

しかし、 参院は議院運営委員会理事会で、 両議員の議員活動中の介助費は参院が当面負担すると決めた。

この参院の決定には別の観点からも批判あり。

日本維新の会の松井一郎代表は、 「原資は税金。 国会議員だけの特別扱いには疑問。 自己負担にすべき」 と強調。

「国会議員だろうと一般人だろうと、 公平、 平等に支援が受けられる制度にすべきだ」 とも訴えた。


徳洲会の徳田虎雄は2002年頃に筋萎縮性側索硬化症を発症。
しかしその後も病床から、 徳洲会に指示を出す。

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             ☝ 病床の徳田虎雄。


喋れない徳田には秘書や介護人がいて、 徳田の介添えを務める。 これらの費用は徳田自身が出す。

れいわの両議員は国会議員の特権享受になってしまうのでは?
ジジイも ”参院の負担” 決定には疑問を感じる。


かって車いすの国会議員として活動した元郵政相の八代英太(82)がいいことを言っている。

「お2人が当選したことは大変いいこと、 気にしていた。
 しかしそれが選挙戦略であってほしくないと思う」

尚、内閣府によると、 国内には963万人の障害者がいる由。

                * *

落選した山本太郎は次の選挙で政治家復活を目論む。
東京都知事か、 それとも衆議院選挙か?

ジジイが山本太郎なら、衆議院 世田谷6区から出馬する。
ここは立憲民主党と自民党が拮抗している選挙区だ。

2017年の総選挙では立憲・落合貴之(40)の勝利、 自民・越智隆雄(55)は2位で落選。

世田谷区の有権者は山本与太郎のような変わり者を好む。 
区長の保坂展人を見ればよく分かる。

保坂は2011年から区長当選3回、 以前は社民党所属の衆議院議員で同党副幹事長も務めた。


令和に乗った 「れいわ新選組」 だが.....







次の新元号まで持つことはないだろう。


チェンマイって ホントいいですね!
posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:58| Comment(0) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする