チェンマイ独居老人の華麗なる生活1651
(#21懐かしき女優:環三千世)
いたずらに激しいことがドラマの面白さではなく、
ドラマの本質は人格を作り上げることだと思う。
小津安二郎 (映画監督)
前回に続き、 今回も70〜80代の映画ファンならご存知の女優、
環 三千世の登場です。

環 三千世は昭和8年(1933年)、 神戸市生まれ。
昭和29年、 宝塚音楽学校を卒業 → 同年、 宝塚歌劇団に入団。
昭和30年、 嵐寛寿郎主演の 「石門捕物帳・献上博多人形」 に
端役で出演。
31年宝塚映画と専属契約、 かたわら東宝や東京映画にも出演。
32年「美貌の都」で不良少女を好演して認められる。
明るいルックスとやや舌たらずの甘い大阪弁に魅力があった。
その1作、 「青春の丘の上」 は 昭和34年(1959)製作の映画。
昔懐かしい出演者の顔ぶれを見てみよう。
神戸一郎(歌手)、 古川ロッパ、 環三千世、 初音礼子、
茶川一郎、 南都雄二、 ミヤコ蝶々、 佐々十郎など。
ジジイが14歳の時の映画。
皆さまは上記のうち、 何人をご存知でしょうか?
環三千世はコメディにもたくさん出演している。

☝ 主役が柳家金語楼でかなり昔の映画。
ロカビリーの山下敬二郎は金語楼の息子である。
昭和37年(1962年)制作の映画。

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ポスターの写真で思い出してください、 出演者は、
森繁久彌、 エノケン、 伴淳、 佐々木功、 大村崑、 アチャコ、
芦屋雁之助など。 勿論、環 三千世も伴淳の娘役で出演。

☝ 上段左端が環 三千世。
環は昭和36年松竹に移り、 38年 「古都」 などに出演。
同年 「女弥次喜多・タッチ旅行」 を最後に30歳で芸能界を引退。
この昭和38年だけでも10本の映画に出演。
その後会社員と結婚したが、 引退して10年後の昭和48年(1973年)に病死、 享年40。
映画に出ずっぱりで...早世は身体を酷使したからかな。
もし今も存命ならば、 86歳になっているが.....
昭和30年のデビューから8年間で出演したのが89本。
年間なんと10本以上の撮影、 加えてテレビでも活躍している。
『どろん秘帖』は、 朝日放送製作のコメディ番組。
全40回。 放送時間は毎週日曜 12:15〜12:45。
演出が澤田隆治、 主役は漫才の中田ダイマル・ラケットだった。
環 三千世は小津安二郎監督作品に2本出ている。
その1つが昭和36年(1961年)公開の「小早川家の秋」。
バーのホステス役で、 森繁久彌とのシーンがある。
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「小早川家の秋」 は人気・演技派役者が勢揃いの映画だ。
先ずはご存知 原節子。

☝ 右端は加東大介。
女優陣がすごい、 当時の美人女優が妍を競う。

☝ 新珠 三千代。
白川由美(左)と司葉子。

白川由美は老醜を晒してくださった。
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浪花千栄子と団令子。

こんな方まで出演していた。

☝ 上段が杉村春子、 下が遠藤太津朗。
他に中村鴈治郎、 小林桂樹、 宝田明、 笠智衆、 山茶花究。
女優陣が原節子、 司葉子、 新珠三千代、 白川由美、 団令子、
環 三千世と来たもんだ。
小津安二郎の 「小早川家の秋」 は、 このような美人女優たちが出演、 素晴らしい作品に仕上がっている。
もし原節子たちが起用されず、 次のような人気タレントが出演したとしよう。
「小早川家の秋」 は、 駄作に終わってたかもしれない。
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☝ 森三中のお三方。

☝ ハリセンボン。
やっぱし......
女優は美人に限る。
チェンマイって ホントいいですね!