2019年08月19日

独居老人の生活1612(復興した都市・後編)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1612(復興した都市・後編)


 目前に迫った困難や大問題にまともにぶつかること。

 そうすればその困難や問題は、
 思っていたよりずっと小さいことがわかる。

 しかし、そこで逃げると、
 困難は2倍の大きさになってあとで襲ってくる。

                            ウィンストン・チャーチル (英国の政治家)


我々の住む街は常に同じ景色ではない。
天災地変で被害を被り、 戦争でも街は破壊される。

それでも我々の先人は、 如何なる困難をも乗り越えてきた。
今日は復興した都市、 その後編です。


C サンフランシスコ。

サンフランシスコに地震が起こったのは、1906年4月18日早朝。
マグニチュード7.8と見込まれる大地震。

アメリカの歴史の中で、 主要都市で起こった最も被害の大きい自然災害の1つとなった。

当時のサンフランシスコは人口約40万人。 死者は後年の研究で約3千人とされており、 22万5千人が家を失った。

当時の市長は、 市内に出動する兵士と警察官に対しこう命じた。

「略奪者はその場で射殺せよ」

これは厳密には違法だが、 市長は責任を問われなかった。
もっとも、 実際に射殺された人はほとんどいなかったそうな。


   地震発生前、 当時のサンフランシスコ。
pict-1905年ごろのサンフランシスコの様子。.jpg


地震前のサンフランシスコをビデオで・・
                ☟
https://www.youtube.com/watch?v=8Q5Nur642BU



  そこに地震が襲う、 写真はサクラメント通り。
pict-サクラメント通りの惨状.jpg



   荷馬車の馬も被害に遭う。
pict-1906年サンフランシスコ.jpg



   ビル崩壊。
pict-サンフランシスコで過去.jpg



pict-1906年4月18日の大地震.jpg



   焼け落ちたサンフランシスコ市庁舎。
pict-焼け落ちたサンフランシスコ市庁舎 .jpg


当時カリフォルニアだけでも約6万人の日本人が移民していた。
日本政府はただちに救援に乗り出す。

地震は日露戦争翌年に発生、 日本政府は日清、日露戦争で苦しい財政状況。

それでも見舞い・援助金としてサンフランシスコ市に、 日本の国家予算の1/1000にあたる50万円を寄贈。

さらに在サンフランシスコの邦人向けに5万円を送る。

日米関係の重要性を訴えていた渋沢栄一氏など商工業者が積極的に義捐金を集め、 支援国の中で最大の義捐金を出す。

米国の記録にも 「明治天皇から20万ドル、 日本国民から10万ドルが寄贈され、 日本政府は病院船の派遣を申し出ている」 と書かれている。


そんなサンフランシスコ、 110年後には美しい大都会。
                  ☟
pict-サンフランシスコ.jpg


ちなみにゴールデン・ゲート・ブリッジ(金門橋)は、 地震から
27年後の1933年に着工、 1937年に完成。

もし地震の時に金門橋があったとしたら、 その運命は.....


  **********************


D 東京。

サンフランシスコ大地震の17年後、 関東大震災が起こる。

1923年(大正12年)9月1日正午前、 マグニチュード7.9 の激震が関東一円を襲った。

  pict-東京、牛込東五軒町の地割れ.jpg
     ☝ 東京・牛込東五軒町の地割れ。


死者行方不明:約14万人:
(東京10万5000人、神奈川3万3000人、他県2300人)。

pict-1923年9月1日の関東大震災.jpg



    丸の内一帯。
pict-Kyodo News Imagelink丸の内一帯.jpg



家財道具を大八車に満載、 上野駅前広場に殺到した避難者。
                  ☟
pict-家財道具を大八車に満載し,上野駅前の広場を埋め尽くした避難者.jpg 



上野公園にはピーク時、 約50万人もの避難者が・・
              ☟
   pict-上野公園には約50万人もの避難者.jpg



   靖国神社に設置された仮設住宅。
pict-靖国神社に設置された仮設住宅.jpg


死因をみると、 阪神・淡路大震災では圧死、 東日本大震災では溺死、 関東大震災では焼死が多かった。

なぜ焼死者が多く出たのか。

東京市での死者は約7万人、 その内の55%強の38,000人は同じ場所(1ヵ所)で命を落とした。

その場所が 「陸軍被服廠跡」 (墨田区=当時は本所区)。
地元の相生警察署が避難民をそこに誘導、 多くの人々が家財を積んで逃げ込んだ。

そこに火災旋風が襲って家財に引火、 竜巻のようになって燃える人も荷車も空中に吹き飛ばしたという。

被服廠跡(1万5千坪)は死体で散乱、 地獄の修羅場となる。

ちなみに東京市の死者7万人のうち、 焼死者を除く死者数は約1400人。

(閲覧注意) 次の3枚は遺体が散乱した写真です。
                ☟
pict-被服廠跡地の避難民の遺体.jpg
          ☝ 被服廠跡地の避難民の遺体。

 
   吉原の女郎が逃げ込んだ吉原公園の池。
  pict-吉原公園の池.jpg



   吉原公園に集められた遺体。
pict-関東大震災公園に集められた遺体.jpg



デマが飛び、 町内では自警団を結成。
朝鮮人が井戸に毒を入れたなどで、 在日朝鮮人が殺された。 

2015年12月の韓国政府発表では、 名簿からは朝鮮人死者289人のうち、 28人が虐殺されたものとした。 

警視庁は、 デマを流す者に対して警告。
              ☟
   pict-デマを流す者に対して警告する警視庁のビラ.jpg


作家・吉村昭は多くの命を奪った大災害を克明に描いた。
その小説が 「関東大震災」。
           
未曽有の天災は人心の混乱を呼び、 様々な流言が飛び交って
深刻な社会事件を誘発していく(謳い文句)。
            ☟
   pict-吉村 昭.jpg

日本の文芸界でジジイの1番好きな作家が吉村昭。
特にこの本は貪るように一気に読んだ....最高傑作だと思う。


最後に関東大震災のビデオです。  (4分)
            ☟
https://www.youtube.com/watch?v=CIadW1ZAMVU

               * *

サンフランシスコ地震に対する日本の支援努力は、 全米で報道され評価されていた。

時の米国大統領はクーリッジ、 関東大震災の1ヵ月前に就任。
1906年のサンフランシスコ地震発生時、 クーリッジは31歳、 その時マサチューセッツ州にいた。

クーリッジはしっかりと覚えていた。
サンフランシスコ地震では、 世界各国の中で日本が最大の支援をしたことを。

クーリッジ大統領はすぐさま指示を出す。
   
太平洋航路の汽船に対し、 向こう1ヶ月間の乗客・積み荷の予約を取り消して、 日本の救済のために待機指示。

さらに日本を出港した船舶はUターンして救援にあたるよう命令。

そしてアメリカ赤十字社への対日救援を呼びかけ、 大統領自身もラジオ放送に出演、 全国民に対日救援を訴えた。

   日の丸を広げて対日援助のために行進。
pict-アメリカ赤十字社は大統領自身が総裁を兼務A (1).jpg


   
   日本救援を訴える。
pict-アメリカ赤十字社は大統領自身が総裁を兼務A (2).jpg


世界中から日本に、 義捐金、 救援物資、 救助隊などが送られてきた。  中国、 タイ、 キューバなどの発展途上国からの援助も.... 

しかし突出していたのが米国で、 大規模な陸海軍を派遣。
<米国海軍の主な対日支援艦船>
            ☟
装甲巡洋艦 1隻、   駆逐艦 11隻、  駆逐艦母艦 1隻、
兵員輸送艦 4隻、   給炭船 1隻の計18隻。


ちなみに東日本大震災(2011年)で日本人に感動を与えたのが、
米国海軍の 「トモダチ作戦」の展開。

空母ロナルド・リーガンをはじめ10隻の艦船を投入し、 救援に汗をかいてくれた。

その88年前の関東大震災で、 既に米国の 「トモダチ作戦」 は実行されていたのだ。  source : 防災システム研究所 (東京・六本木)

                 * *

国家間の関係は、 男女の仲に似ているのかもしれない。
一旦こじれると大喧嘩が始まり、 仲睦ましい関係は吹っ飛んでしまう。

関東大震災から20年後、 米国空軍は日本の都市に空襲を開始。
第二次世界大戦は最終局面に差し掛かっていたのだ。

そのアメリカによる大空襲は、 終戦近くまで2年ほど続いた。
当然、 日本一の大都市・東京も焼夷爆弾の標的となる。

それが一般住民や家屋など市街地を狙った無差別爆撃だ。

pict-東京大空襲.jpg



浅草松屋屋上から見た、 空襲被害の仲見世とその周辺。
                 ☟
pict-空襲、浅草松屋屋上から見た仲見世とその周辺.jpg



空襲による被害者の総数は、全国で約56万人、 東京で約12万人といわれている(1995年の東京新聞調査)。 (閲覧注意)
                    ☟
   空襲での死者。
pict-東京大空襲2.jpg

                * *

終戦から74年経ち、 現在、日本とアメリカは日米安保条約で固く結ばれた同盟国。

日本の平和と安全(防衛)の基本はこの条約にあると思う。

  復興した平和な日本、 その首都・東京。
pict-東京.jpg

                 * *

お隣の韓国は、 日本と同盟関係にあるとされるが、 日韓安保条約はない。

仮に韓国で大震災が起こっても.....

日本は 「トモダチ作戦」 などと言ったバカげた救援を絶対やってはならぬ。

自衛隊の艦艇などを送り込めば、 将来何を言われるやら分からない。 

「日本は震災を利用して我が国に侵攻したが、 我が韓国軍が
 これを叩き返して防衛した」

そして将来 「日本軍の侵略で被害が出た、 補償しろ!」 と...

これまでの韓国の因縁のつけ方をみれば、 大いにあり得ること。

韓国では、 嘘をつくのは恥でも罪でもない。
嘘つき名人がヒーローになれる国....それが韓国だ。


もし韓国で大震災が起こったら...

東日本大震災で、 韓国から貰った救援金と同額だけを寄贈し、







あとは知らん顔が1番イイ。


チェンマイって ホントいいですね!







posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 14:00| Comment(6) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする