2018年06月27日

独居老人の生活1225(引き揚げ者たち)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1225(引き揚げ者たち-1)


   「恋なんて若気の至りだ」 とか
   「いまさら、そんな」 とか。

   なぜ?  八十や九十になって、
   若気の至りをやってはいけないの。

                              岡本敏子 (画家・岡本太郎の実質的な妻)


日本を離れ、 自由を求めてチェンマイに来る人もいれば、 長年
暮らしたチェンマイを引き揚げて、 日本に帰る爺さんもいる。

今年に入り、 ジジイの友人が続々とチェンマイを去って行った。

なぜにあなたは日本へ帰るの?
今回はそんな爺さんたちを取り上げてみたい。


@ チェンマイで骨を埋めるつもりだったが.....

4月下旬、 チェンマイを後にしたのは鈴木さん(75歳、仮名)。
彼がチェンマイに来たのは今から7,8年前だったか。

当時の和食店 「のぼる」 で出会ったのが最初。
鈴木さんは愛妻に先立たれた男やもめ、 チェンマイに来た動機をこう語った。

「家に引き篭もり、 何もやることもなくじっと一人でいる毎日、
 頭も心もおかしくなりそうで........」

彼は非常に真面目、 律儀な人、 仕事一筋で生きてきた。
それが引退し、 ポツンと一人置かれたご自身の境遇、 男やもめは想定外であった。

第二の人生はチェンマイで.....
親族の反対を押し切り、 意を決しての海外移住。

                   * *

チェンマイで暮らし始めて半年ほど経った頃か。
鈴木さんは見合いをする、 勿論相手はタイ人(当時40歳)。

切っ掛けは彼女の姉が日本人と結婚し関西に居住。
但しその姉も、 亭主の日本人も鈴木さんとは見知らぬ関係。

前の職場の人が、 「爺さんが単身タイに移住した」 との話があちこち伝わって、 「それじゃあ私の妹を....」 という縁であった。

で、2人はチェンマイで初めての顔合わせ(デート)。
巡り合わせの結果は意気投合、 2日後、 鈴木さんのアパートで
同居を開始した。

意気投合と書いたが、 それぞれ母国語しか喋れない2人では会話にならない。 条件一致と表す方が分かりいい。

彼女には成人(男)の子供がいたが、 支障にはならず。

彼女の仕事は美容師、 アパート近所のパーマ屋で働き始める。
と同時に彼女は典型的なタイ人女性、 鈴木さんを囲い始めた。

いわゆる情報遮断、 鈴木さんが日本人と付き合うのを嫌がった。
ジジイや友人の携帯をそれとなく着信拒否にしたり....


「車が欲しいの」 という彼女に鈴木さんは快諾。
彼は、買うならこの車にしよう、 保険はxxさんに頼もう....

ご自分で車種まで決め、 お金の算段も済ませた。
ところがある日、 実家に帰っていた彼女が車を運転し、 チェンマイに戻ってきた。

おったまげた彼に発した彼女の言葉。
「知り合いの店で買ったの、 保険も済ませたわ」

烈火のごとく怒った鈴木さん、 「勝手なまねしやがって!」
しかし後の祭り、 全額現金払いしたことは言うまでもない。

「タイの女は何でも自分勝手にやっってしまう」

典型的日本人亭主関白型の鈴木さん、 憤懣やる方なし。


それでもカップルの同棲生活は順調に進んだ。
ある日鈴木さんは、 ジジイにこんなことを訊いてきた。

「彼女が預金を共同名義にしてくれって言うんだけど.....
 共同名義って出来るんですか?」

「はい、 2人して自由に下ろせるし、 彼女には便利かも」

 「そんなのダメ、 ノーって言いますわ」

                * *

同居をスタートさせた3ヵ月後、 鈴木さんは決心する。

「結婚しようと思います、 婚姻届を出すつもり」

ジジイは言う。
「それはせめて1年後、 お互いもっとよく知ってからで......」

周りの忠告を受け入れたかに見えた鈴木さんだが、 結局、 同居
開始から10ヵ月後に入籍。

彼女から早く結婚を...とせっつかれたのだろうか。

入籍を聞いてジジイは言った。
「日本の籍はどうするんですか?」

「これは今んとこ入れるつもりはないです、 タイだけで十分」


晴れて夫婦になり、 順風満帆に行くように思えた2人。
ところが車を持った奥さんは、 度々実家に帰るようになる。

奥さんの実家はチェンマイからバスで3時間半ほど、 町よりも
ラオス国境の方がずっと近いという田舎村。

そこで奥さんは病気の母親を介護し、 実家の農園を切り盛りしなくてはならない。

徐々にチェンマイよりも実家暮らしが長くなる奥さん。
鈴木さんもその実家で1週間滞在したが、 見渡すところ あるのは農園ばかり。

「10日もいたら気が狂います。
 私が寝たきりにでもならない限り、 あんな田舎は御免です」

1ヵ月に1度、 奥さんがチェンマイに帰ってくる状態が続く。
夫婦は打開策を練った。

で結論、 チェンライの街中に引っ越すことになる。 
チェンライなら、 奥さんの実家まで車で1時間20分程度。

これで光明を見出したかに見えたのだが.......

「1日中やることなくて、 ここでボーっとしてます。
 気の合う友だちがいないし、 話し相手もおりません」

こう語った鈴木さんは1〜2年後、 チェンマイに引っ越した。
こうして奥さんとの別居暮らしが続いていく。

月に1回、 2,3日しか会わない奥さんに、 毎月16,000バーツを渡す律儀な鈴木さん。

「私なら、 別居してるなら意味なし、 カネは出さないけど..」

「夫婦ですから、 約束した生活費は渡さにゃなりません」


こうして夫婦は疎遠になる、 関係は16,000/月のカネだけ。

それでも最後の頃になってさすがにバカバカしくなったか、 鈴木さんは送金を止める。

そしてチェンマイ一人暮らしを楽しむようになった。
いつ頃か、 鈴木さんは考えるようになる。

チェンマイを引き揚げ、 帰国することだ。
体調も幾分不安な状態になってきた。

突然意識不明で倒れ、 5日間ほど入院したことも......


とうとう帰国の時が来た、 今年4月下旬。
奥さんとは離婚手続きを取らず、 籍はそのままで。

日本で婚姻届けを出さずにいたことが幸い、 事の面倒さを省いてくれたようだ。
奥さんは今後、 何も言って来ないのだろうか?


”If、 もし” で言うならば、
もし鈴木さんが奥さんの実家=ど田舎で暮らしていれば、 帰国はなかったろう。

しかしこれはジジイにも無理、 ジジイならすぐに別れる。

もし鈴木さんが、 奥さんにチェンマイ暮らしを確約した上で同居していれば、 また違った展開になったかも......

「いいえ、 私は将来、 実家に戻って生活します」
この返答なら、 同居を思い留まった可能性がある。

チェンマイで生涯を終えるつもりだったが、 状況次第で変わる。


ジジイは今になって思う、 よき教訓材料を提供してくださった。









 速攻が拙速に繋がることもある。

 鈴木さんの余生に 幸多かれ と祈りたい。


チェンマイって ホントいいですね!



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:12| Comment(10) | 華麗なる生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする