2018年03月10日

独居老人の生活1132(独居老人の映画の思い出)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1132(映画の思い出)


   情熱無き人生は人生に非ず、 それは倦怠なり。

                            ニコライ・カラムジン (ロシア帝国の作家)


ジジイが小学生の頃、 自宅にはラジオがあっただけ。
テレビは中学生になった頃、 ようやく居間に置かれた。

忘れもしないNECの製品。

プロ野球も大相撲のテレビ観戦も、 テレビで初めて見たのは電気店の店先。

その時若乃花(先代)の取り組みだったと記憶する。
ジジイだけではなく、 大勢の人が街頭テレビに釘付けだった。

では懐かしい栃若両横綱の大一番をどうぞ!  (1分21秒)
                ☟
https://www.youtube.com/watch?v=yHYxQT2GKkk

                * *

そのころ全盛だったのが映画である。
子供だったジジイは、 母に連れられて映画館に行ったものだ。

中学生になると、 学校は生徒の映画館出入りを禁じた。
父兄同伴でもダメ、 不良化防止が理由だったような。

で、 映画館に行けたのは、 文部省選定映画のみ。
先生引率で、 生徒全員が連れだって見に行くのだ。

最近では ”文部省選定(推薦)映画” というのを聞かないが、 今でもっやてるんだろうか?

”文部科学省選定映画”、 「貧困女性と出会い系オッサン」
もしこんな映画があったら、 前川喜平さんが一押しだったろう。


映画好きだったジジイはこれに不満だった。
何とか映画を見る方法はないものか...真剣に考えた。
 (注) 当時ビデオなるモノはなかったのです。


中学の同級生が映画館でアイスクリーム売りのバイトをしていた。
勤務は夏休みだけで、 休憩時間中に商品を売って回る。

ジジイは同級生に頼んで、 そのバイト先を紹介して貰った。
そしてめでたく ”就職”、 先ず堂々と映画館入りを果たす。

補導係の教師に見つかっても、
「ここでアルバイトしてます」  の一言でOK。


興行主は4館を経営していたので、 1本の映画の終了時刻を見計らって次から次と移動した。

ジジイの目的は映画をみること、 アイスを1個売って幾らの歩合給など関係ない。 

入場禁止の映画館で見る無料の映画、 これだけで十分満足。


午前中初っ端の上映時刻前に映画館に入る。
そしてゆっくり映画鑑賞、 その映画が終われば売り子に変身。

 「アイスクリーム、  えー、アイスクリーム!」

これを中学生のジジイがやっていた。

                  * *

高校に進むと、 枷(かせ)が外れたかのように映画館通いが頻繁になる。

高校3年になった時、 ジジイは映画研究部に入部。
入るや否や自ら希望して部長になる。

何故か、 それは映研推薦の映画を選定することができたから。

ジジイは映画館に赴き支配人に挨拶。

「只今上映中の映画を当高校で推薦したいと思う。
 どんな内容か、 実際に映画を見て確認したい」

これだけでジジイの映画鑑賞は無料になった。
(注) 推薦した映画の入場料は、 確か通常の半額に.....


今でも覚えているのは、 ジジイが推薦した映画の1つ。
1963年製作のフランス映画、 「地下室のメロディー」。

アラン・ドロンとジャン・ギャバンの2大スターが共演。
カジノの売上金を狙って、 地下金庫を襲撃する犯罪映画だ。


pict-pict-下室のメロディー.jpg


こんな映画を推薦するとは何事か!
学校側からクレームが出るかと思ったが何もなし。

学生は大喜び、 盛況に終わった。

                 * *

ジジイが高校生の頃の憧れのスターはご存じ吉永小百合。
1945年3月13日生まれ、 間もなく73歳になる。

当時の小百合ちゃんは美しかった。
オシッコもウンコも絶対にしない... 一時期本気でそう思ってた。

     pict-pict-吉永小百合2.jpg




ところがお婆さんになった小百合ちゃん、 ちっとも婆さんに見えないのだ。

                              週刊文春より。
pict-DSCN3452.jpg




アップに堪えられる72歳の吉永小百合。

pict-DSCN3456.jpg
              ☝
 老いても美貌衰えず、 どうやって維持してんだろう?


                 * *


2018年2月4日、 「最後の映画看板師」 と呼ばれた久保板観さんが脳梗塞のため死去(享年77)。

    pict-「最後の映画看板師」久保板観.jpg
        ☝ 久保板観さん。 


板観さんが描いた看板を見ると、 当時の記憶がどっと蘇る。

彼の多数の作品が現在もJR青梅駅や、 近くの旧青梅街道沿いの商店の軒などに掲げられている。


pict-JR青梅駅 .jpg
              ☝ JR青梅駅。




  旧青梅街道。
pict-「最後の映画看板師」久保板観2.jpg


板観さんは、 映画の看板なら和洋問わず何でも描いた。
白人の顔でもそっくりに描き上げるから驚き。
 (プロだもの、当たり前か)


今日はその板観さんの作品を見て、 昔を懐かしんでください。
ポスター(写真)とはまた違った趣で郷愁を誘います。


 @ 最後は寅さん、 老けちゃった。

pict-「最後の映画看板師」久保板観4.jpg
              
                ☝
フーテンの寅シリーズの第3作。
この時のマドンナは温泉宿の女将役・新珠三千代(2001年死亡、
享年71)。

監督は森崎東、 山田洋次は脚本だけ書いている。

ちなみにフーテンの寅シリーズは、 山田洋次が全48作の原作・脚本を担当。

監督したのは、 第3作(監督:森崎東)、 第4作(監督:小林俊一)を除く46作品。




 A これは古い、 大河内伝次郎主演。

pict-「最後の映画看板師」久保板観11.jpg


丹下左膳は林不忘の新聞連載小説の映画化。
シリーズとしては大河内伝次郎の他、 月形龍之介、水島道太郎、
大友柳太朗が演じた。

その他、 阪東妻三郎、 丹波哲郎、 中村錦之助、 豊川悦司らの主演で映画化されている。  勿論テレビドラマ化も数多い。


下の写真は大河内伝次郎、 1928年(昭和3年)の作品。
            ☟
pict-1928年)の大河内傳次郎.jpg




  B 波多伸二って俳優、 いたっけなあ。

pict-pict-板観.jpg


参議院議員の長老・山東昭子先生が出演なさってる。
波多伸二の主演作品は3本だけ。

彼はオートバイ運転練習中に誤って柱に激突して死亡。
享年22、 ジェームス・ディーンのように名前は残らなかった。




  C 健さん登場。

pict-「最後の映画看板師」久保板観6.jpg

       ☝
共演がまだ可愛かった頃の広末涼子。

浅田次郎原作の映画化、 ジジイは小説を読み、 映画も見たが、
どちらもジジイの好みじゃなかった。




  D 右の看板は小津安二郎監督作品、 「晩春」。

pict-映画看板絵師 久保板観さん.jpg
                 ☝
 原節子と笠智衆が父娘役で.... ジジイの大好きな作品の1つ。




  E ジョン・ウエインも頑張ってた。

pict-映画看板絵師 久保板観さん2.jpg


ジョン・フォード監督との名コンビ、 1949年の作品。
西部劇ファンだったジジイ、 勿論観てまっせ。

映画とミッチ・ミラーで主題歌をどうぞ(2分49秒)
                ☟
https://www.youtube.com/watch?v=9YMSG4GnM0o




  F もしチェンマイなら.....女は 「金と共に去りぬ」

 1939年に製作の大ヒット映画、
pict-「最後の映画看板師」久保板観3.jpg


板観さん、 見事に描いてますね、 写真みたい。
マーガレット・ミッチェルの小説を映画化。

ヒロインを演じたヴィヴィアン・リーの最後のセリフが有名。

「After all, tomorrow is another day」
  (結局、 明日は別の日なのだから)


石原裕次郎主演の 「明日は明日の風が吹く」 は全然関係ない。



では映画の挿入曲 「タラのテーマ」 をどうぞ(4分22秒)
                ☟
https://www.youtube.com/watch?v=PgF-rcHcPqE



予告編ならこれ。
             ☟
https://www.youtube.com/watch?v=lWcdyySRZck





  G 老人たちに明日はある。

pict-板観さん.jpg


原題 「Bonnie and Clyde」 の2人の運命は?   
印象に残るラストシーンです(3分)
              ☟
https://www.youtube.com/watch?time_continue=2&v=oAr-CULUb6E




  H ジョン・F・ケネディと愛人関係にあった。

pict-「最後の映画看板師」久保板観7.jpg


早死にしたマリリン・モンロー(1962年死亡、 享年36)。
なので永遠にこの美貌、 このプロポーション。

              ☟

pict-マリリンモンロー.jpg
     ☝ お婆ちゃんにならずに済んだモンロー。


モンローは2度結婚。
最初は16歳で無名の男。

2度目がプロ野球のスター選手・ジョー・ディマジオと....
結婚生活は9か月だけ、 すぐ離婚(1954年)。

3度目が1956年、 相手は劇作家のアーサー・ミラー。
1957年頃から不安定な状態が続き、 精神病院に入り。

美人薄命、 醜女長命なんでしょうか?


ではモンローが唄ってます、 「帰らざる河」 (2分13秒)
                 ☟
https://www.youtube.com/watch?v=hO8PYjRSCQs




  I ティファニーでネックレスを。

pict-「最後の映画看板師」久保板観8.jpg


トルーマン・カポーティによる中編小説を映画化。
1961年公開、 オードリー・ヘプバーン主演。

ポスター(写真)と看板を比較、 これがポスター。

            ☟
pict-ティファニーで朝食を.jpg


何と言ってもこの歌、 「ムーンリバー」。
ヘプバーンの魅力いっぱい、 和訳の歌詞がいい。 (2分)
                ☟
https://www.youtube.com/watch?v=vnoPke8tlAs





   J こんな映画は見たことない。

pict-「最後の映画看板師」久保板観5.jpg


赤塚不二夫のTVアニメを映画にしたもの(1989年)。
当時おそ松くんは大人気だった。





  K 銭湯がガラ空きになったラジオドラマ。

pict-DSCN3458.jpg


1952年〜1954年にNHKラジオで放送されたラジオドラマが
大ヒット。

毎週木曜8時半から9時までの30分放送で、 この時間帯は銭湯がガラ空きになったという(伝説でもなさそう)。

これを映画化してまた大ヒット。


pict-真知子巻き.jpg
        ☝ スカーフの真知子巻きが大流行。



数寄屋橋で真知子と春樹が半年ごとに再会しそうになるが、 なかなか会えない。

この 「会えそうで会えない」 が何度も繰り返されるという、
ハラハラ・イライラのすれ違いメロドラマ。

  ”会えそうで会えない  真知子と春樹”

  ”出そうで出ないのが  真知子の便秘”



真知子役の岸恵子は現在85歳、 まだお元気なご様子。
老化と化粧の厚みは正比例する...を実証。

pict-岸恵子.jpg



ラジオ番組の冒頭ナレーションが懐かしい。

  「忘却とは忘れ去ることなり。
    忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」 



  「忘却とは忘れ去ることなり。
    忘れたことを忘れてしまう心の悲しさよ」 









 これは...ボケ老人のことです。


チェンマイって ホントいいですね!





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:06| Comment(10) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする