2015年01月22日

独居老人の生活164(オトナのいる場所)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐164(オトナのいる場所)



オトナのいるべき場所に、
コドモを出没させないというのが、オトナの見識である。

それができない人は、
自分もコドモであることを証明してるようなもの。

                                 田辺聖子「ああカモカのおっちゃん」



今日は独居老人の一つの考え方を述べさせて戴く。

恐らく9割程度の読者は同調されないかもしれない。
しかしこう言う見方もあるという事を知って戴きたいと思う。


2年程前の夜6時頃、友人と飲み屋に行った時のことである。
店はチェンマイ市内にある日本人経営の和食の焼き鳥屋。

そこは棟続きでオープンタイプの小さな店舗が幾つか並び、殆どが飲み屋である。
店先では若いオネエちゃんたちが色気をチラつかせる。

焼き鳥屋から10mほど離れた向かいにも同様の建物があり、そこにも飲み屋やカラオケ店がある。

なぜ6時に行ったかと言うと、7時半頃からそれらの飲み屋からガンガン歌曲が流れ出し、煩(うるさ)くて会話にも苦労するからである。



我々が焼き鳥屋に着いた時には、既に3人の客(日本人)が店外の席を占めて飲食中であった。

仕方なくジジイと友人は店内のテーブル席に座る。
席から1m程の通路を挟んでカウンターがあり、とにかく狭い店。


20分ほど経った頃、一人の日本人(50代か)が7、8歳の子供を連れて現れる。

その男は店外の席で飲んでいた3人の客の輪に入り、4人でワイワイやり始めた。

すると子供(女の子)は父親から離れ、カウンター席に一人陣取り、バッグからCDを取り出した。

アウンの呼吸で日本人の店主が、そのCDをカウンター内のテレビにセットする。 映像が流れ出す。

子供用アニメ(漫画)が大きな音量で聞こえて来る。
子供はドリンクを注文する訳でもなく、ひたすらアニメに見入る。


ジジイの席はそのテレビに近く、喧(やかま)しい事この上ない。
気が散るし、こんなモノ、観たくも聴きたくもない。

店外の席では、子供の父親が仲間に交ざり、平然と飲んでいる。

ここで独居老人、気分を害する、腹が立ったのだ。
(こんな程度で苛立つなんて、人間ができていない?)



飲み屋に子供を連れて来るな、とそこまで厳しく言う積もりはない。

しかし、連れて来たなら親と一緒の席に座らせ、大人しく食事をさせろ!

飲み屋は、託児所でも保育所でもない!

他のオトナの客の邪魔をさせるな! 

子供にアニメを見させたかったら、親の隣に座らせI‐Padでも使え!

と子供の父親に言いたいのだ。


独居老人が店主ならば、

無音にするか子供にイヤホンを付けて貰うか、
「他のお客さんに迷惑だから・・・・・・」 と言ってアニメの放映を断るだろう。


代金支払い時、ジジイはテレビを指差して店主に言った。
「あれはうるさい、観たくもないよ」

一緒に居た友人は、
「まあ、子供のやる事だから大目に見て・・・・・・・」

だから独居老人、この時は子供の好きにやらせていた。
親に文句を言って諍いを起こしたくない。


子供の行いではあるが、これはオトナの父親の見識、行為だと思う。


この和食焼き鳥屋には、それ以来一度も顔を出さなかった。

1年ほど経った頃か、理由は知らぬが店は廃業していた。



オトナがいる場所にコドモを連れて来ても、オトナの邪魔をさせないというのが、オトナの見識である。

それができない人は、自分もコドモであることを証明してるようなもの。

チェンマイでコドモのようなオトナに出会う、残念ながらそれが日本人だった。



これなら邦人スケベ爺さんの方がよっぽどマシ、
若いオンナに入れ揚げる方がどれほど社会に役立つか。


ガキが出没しないオトナの世界でオトナの行動だ。




よし、若い女を追っかけ回そう!


”それでもガキは付いて来るぜ”   「えー、 なぜ?」








”女が子持ちだったりするからな、よくある話よ”



こりゃダメだ。

チェンマイって ホントいいですね!

(追記)
読了した書籍を紹介させて戴きます。

pict-002.jpg
「不良定年」嵐山光三郎著(筑摩書房)

引退しても”良きお爺ちゃん” にならなくていい、堂々遊びましょう! って言ってます。            以上





posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 06:33| Comment(0) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする