2015年01月09日

独居老人の生活154(死してなに残す?)


今朝3時45分に起きたら外は雨、昨日(8日)の午後3時過ぎにも雨が降った。
この時期には珍しい雨天だが、しっとり濡れた感じで爽快なチェンマイである。



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐154(死してなに残す?)


   虎は死して皮を残し、人は死して名を残す

虎が死んだ後にも美しい毛皮を残すように、人は死んだ後に名前を残すような生き方をすべきだ。

                   * *


昨年亡くなった高倉 健(享年83)もやはり普通の男だった。

ここでこの独居老人を持ち出すのは烏滸(おこ)がましいが、

”孤高の老人、
スキャンダルなく生活が綺麗、
物静かで控えめ、
ヘンな女を寄せつけない気品ある雰囲気”

高倉健もジジイも同じイメージ、加えて風貌まで似通っている。

若き日の高倉 健。
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しかし高倉健には女がおったのだ。
その恋人は元女優で現在50歳、健さんより33歳年下。

結婚はせずに昨年5月(2013年)養女として縁組、彼女に遺産を残した。
健さんは「長年世話になった人に財産を残したい」といって弁護士に相談したという。

遺書もある由。
葬儀は「戒名なし、葬式なし、散骨を希望する」。

これなんかも独居老人が遺書に書いた内容と同じである。


養女の恋人は、高倉 健の食事や洗濯、掃除など身の回りの世話をして、影のように付き添っていた。

これだけが孤高の男、独居老人と異なる。
同じにしたいが・・・・、”儘(まま)ならぬ世” を実感。


高倉 健は歌手の江利チエミと結婚し離婚。
その後は女優児島みゆきとの関係が唯一の女性スキャンダルと言える。


老いた頃の高倉 健
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健さんには兄弟・親族がいる。
今後養女との間でモメなければいいが・・・・・・。

              * *


昨年3月に亡くなった宇津井 健(享年82)は、死んで骨肉の争いを勃発させた。
再婚妻と長男が遺骨と遺産でモメている。

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再婚相手は名古屋の高級クラブのママ(80歳)さん。
宇津井の長男はフジテレビの社員。


死ぬ間際で結婚したクラブのママさんは、宇津井健の東京の自宅を相続する権利があると主張している(当然の事)らしい。

更に遺骨を巡っても2人の言い分に違いあり(当然の事)。
死ぬ直前の再婚であり、加えて遺書もなく、問題を複雑にさせている。

宇津井の長男にしてみたら、堪ったもんじゃないだろう。
宇津井健も罪作りな事をして死んだものよ。

              * *


ご存知やしき たかじん(1949年10月生まれ、享年64歳)。

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たかじんの1人目の妻は1988年、たかじんの39歳の誕生日にクモ膜下出血で急死している。

1993年に再婚した15歳年下の和服モデルの2人目の妻とは2006年に離婚。

2013年10月には、30代の一般人女性と再々婚する。
この時たかじんは、食道癌などで闘病を続けていた。

この3人目の妻と41歳の長女(最初の妻の子)がモメている。

発端は百田尚樹が取材し執筆したノンフィクション本『殉愛』。

この本の出版を受け、41歳の長女は名誉毀損・プライバシー侵害の廉で出版社を訴えた。
同書の出版差し止めと1100万円の損害賠償などを請求。


そして3人目の妻は、たかじんの遺産目当てで結婚した(当然の事)と言う疑惑。

のみならず、死亡の直接原因となった「食事を喉に詰まらせた」こと自体にも疑問視されている。

タイでもよく似た話を聞いたが・・・・・・。
やしきたかじんは、なぜ入籍したんだろう?

たかじんも罪作りな事をして死んだものよ。

             * *


加藤和彦(1947年生まれ、享年62歳)

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1回目は1970年7月 - 福井ミカと結婚、1975年離婚。
この頃加藤は「サディスティック・ミカバンド」を作り音楽活動。

2回目は1977年作詞家安井かずみ(享年55歳)と再婚。
8歳差の姉さん女房とは円満夫婦、しかし1994年に死別。

3回目は1995年クラッシク音楽の中丸三千絵と再々婚、2000年に離婚。


フォーククルセーダース「帰って来たヨッパライ」で人気爆発。
後に音楽プロデューサーとしても活躍した加藤和彦は、長野県軽井沢町のホテルで首吊り自殺した。

彼には3年間同居した30代の内縁の妻がいた。
4回目の結婚はしなかったのだ。

密葬では棺のそばには関係者らにあてた“遺書”が置かれ、出棺時に遺影を胸に抱いていたのはその内縁の妻だった。

遺産はこの女性が相続、子供がいなかった事もあり、モメ事は生じなかった。

ただホテルの部屋内の自殺とあって、ホテル側にとっては迷惑千万。
些(いささ)か罪作りな事をして死んだものよ。



この辺で気分転換、ジジイのカラオケ十八番、
加藤和彦で「あの素晴らしい愛をもう一度」
お暇ならYoutubeでどうぞ!(3分18秒)
https://www.youtube.com/watch?v=CAtHvMP0QFw

              * *


元関脇鶴ヶ峰の先代井筒親方が死亡したのは肺血漿のため、享年77歳だった。

現役時代は諸差しの得意技で先代横綱若ノ花らを苦しめ、三賞を10回獲得という快挙を成し遂げる。

彼の男の子供3人も力士になる。
長男は元十両鶴嶺山、次男が元関脇逆鉾、三男が元関脇寺尾である。

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左から逆鉾、鶴嶺山、寺尾の三兄弟力士。


良妻賢母の奥さんを亡くした井筒親方は、男やもめの寂しさからか恋人を作る。
因みに奥さんは横綱西ノ海の孫娘で相撲茶屋の娘。

三兄弟は父と後妻との内縁関係を受け入れず、「お袋を裏切った」と父の井筒親方を責め続ける。


井筒親方にしてみれば、自分は隠居して内縁の後妻と二人だけの生活、ここまで責められたのでは堪らねー、と感じていただろう。
この件は週刊誌にも書かれた。


しかし井筒親方の死後、幸いにも遺産スキャンダルは勃発しなかった。
死んだ直後に現れた内縁の妻とは異なり、存命中から遺産整理をしていたのかも?


現在、長男は両国でちゃんこ鍋「相撲茶屋 寺尾」を経営、逆鉾が井筒部屋を継ぎ、寺尾は錣山部屋の親方となり、豊真将がその出世頭である。

             * *


危なかったのが元大関、初代貴ノ花である。

藤島部屋で多数の大物力士を育てる。
その後二子山部屋を継承、藤島部屋と二子山部屋の合併。

東映の大部屋女優だった藤田憲子と結婚、そして2001年に離婚。
息子の若貴兄弟は共に横綱に出世。

2005年5月、口腔底癌で死去(享年55歳)。


この初代貴乃花が病気療養中、彼を看病し世話した女がいた。
恋人だったのかどうか、独居老人はそこまで知らぬが、単なる介護人ではなかった。

女性は結婚を目論んだらしいが、貴乃花の衰弱が速くて入籍まで行かなかった。
察知した息子たちが防御したのかも知れない。

初代貴乃花は、幸いにも罪作りな事をして死ななかった。

              * *


遺産相続争い、現在スポーツ界で危ないのが長嶋茂雄一家。

長男一茂と長女三奈+兄弟2人との間には既に騒動勃発。

一茂の女房は、男と多くの浮名を流した銀座クラブのホステス。
この女房(社長)の会社が長嶋茂雄の利権取りに動いたからさあ大変。

昔からある長嶋茂雄の会社(亡くなった奥さんが社長だったが現在は長女三奈が継ぐ)との攻防は今後が見もの。

まさに ”骨肉相食(は)む” である。


まだ元気な長嶋茂雄、女スキャンダルはないが死後の遺産相続問題、生存中にしっかり始末しておくのであろうか。
遺書はあるのかな?

              * *


死んで 罪作りな事をするのは男ばかりではない。

  歌手の青江三奈

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2000年7月2日、膵臓癌により死去、59歳没。

1966年、「恍惚のブルース」でスターに。
その後「伊勢佐木町ブルース」、「長崎ブルース」、「池袋の夜」など多数のヒット曲を持つ演歌の女王。


若き日の青江と同居、長年にわたり歌唱指導を行ったのが作曲家・花礼二。
青江三奈は、亡くなる約2か月前に病床で婚姻届にサイン、突然花礼二と結婚した。

癌の転移が分かった時点で青江は花礼二へ直接連絡、19年ぶりに再会を果たしたという。

これが花礼二と青江の兄弟との間で激しい遺産争奪戦を勃発させた。
その後、青江兄弟の間でも遺産争奪戦が起こり訴訟沙汰になっている。

青江三奈も罪作りな事をして死んだものよ。

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男の意気地を見せ、格好良く死んだのは、

演歌の大御所、村田英雄(享年73歳)。

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1991年、長年連れ添った妻・ユイ子が死去。
村田英雄には「大阪のお母さん」と呼んでいた長年の愛人(2009年78歳没)がいた。

本妻も生前「この人ならば」と半ば公認していたと言う。
村田はこの愛人宅に身を寄せ、ここを本拠地とし、仕事のある時だけ上京する生活を続ける。


村田は長年糖尿病を患い、両脚を切断したりする。
この闘病生活の支えとなっていた愛人と「男としてけじめをつける」と再婚。

2000年に結婚式を挙げ、合計140歳の高齢婚と大いに話題となる。

村田英雄は2002年、合併症の肺炎のため大阪の病院で死去、73歳。
再婚した妻(元愛人)が最後を看取った。


男村田は罪作りな事をして死ななかった。
反対に男を上げてあの世へ・・・。 これぞ死して名を残したのだ。



村田英雄は生前、お笑い芸人から頻繁にイジられた。

その代表的なイジられ名言集、下記でお楽しみを!


•ホテルのフロントに「村田だ!! キー出せ!!」と言った後、
 売店で「村田だ!! ガムくれ!!」と言った。


•NHKのディレクターに、「ずぶの素人」と言おうとして
 「バカ野郎! 俺はブスの素人じゃねえんだぞ!」と言った。


•バーに行ったとき、キープボトルを出してもらおうとして、
 「村田だ! ボルト出せ!」と言った。


・海外旅行の際、必要書類の“sex”(性別)の欄に“週2回”と書いた。


•ステーキの焼き具合を聞かれて「しょうが焼き」、「カルビ」と答えた。


•舞台の上手・下手(かみて・しもて)を
 「じょうず・へた」と読んだ。


•出されたコーヒーにミルクと砂糖を大量に入れて
 「うーん、やっぱりコーヒーはブラックに限るな」と言った。


•付き人に向かって「ベートーベンって奴は偉いじゃねえか。
 俺の歌を作ってるぞ」と、『英雄』を指しながら言った。


•コーヒー専門店で注文の際、コーヒーの銘柄を聞かれ
 『ネスカフェ』と答えた。


•「(朝食は)和食にしますか? 洋食にしますか?」と聞かれ、
 「バカ野郎!! 朝食だ。」と答えたという。

              * *


チェンマイには多くの爺さんが、タイ人の奥さんや恋人と楽しく過ごしている。
自分の死後、遺産相続をどうするのだろうか?
日本にいる遺族とモメる事はなさそうか。

チェンマイに暮らしていても、日本に財産を残している人がいるのでは?
遺族年金の問題もある。

可愛いタイ人女房・子供、更に恋人にどうやって遺産を残すのかな。



虎は死して皮を残し、人は死して争いを残す

そんな有名人のようにはなりたくないものだ。





えっ、オレには残す程の財産がない?


こりゃダメだ。

チェンマイって ホントいいですね! 




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 00:21| Comment(4) | バラエティー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする