2014年11月03日

独居老人の生活-100(1964年)


当ブログは今回で100作目に到達。
これを記念しまして、本日は紳士淑女向けに書いております。
スケベな方はスルーするかチラッと眺めて戴く程度で結構です。

それじゃあ読む人、誰もいなくなる?
こりゃダメだ。 何卒我慢してお読み戴きたく・・・・・・・。



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐100(1964年)



1984年はイギリスの作家、ジョージ・オーウェルの小説
1964年はチェンマイの暇人、独居老人の青春。


夜明けのうたよ
あたしの心の きのうの悲しみ
流しておくれ
夜明けのうたよ
あたしの心に 若い力を
満たしておくれ
                 作詞:岩崎時子


1964年(昭和39年)、岸 洋子で大ヒットした歌である。

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お暇ならお聴きください、下をクリック。
http://www.youtube.com/watch?v=7LL-Atpsuec



この年の10月1日に東海道新幹線が開通、東京〜大阪間を「ひかり」と「こだま」が走る。
「ひかり」で約4時間、今では考えられない長い乗車時間だ。



東京モノレール羽田空港線の開通も1964年。
山手線浜松町駅と羽田空港が18分で結ばれた。
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アイビールックが流行、若者そして当時のジジイも「VAN」や「JUN」を着てお洒落した時代。
週刊誌「平凡パンチ」はこのアイビーブームのシンボル。

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独居老人は「平凡パンチ」ならぬ「朝日ジャーナル」を小脇に挟んで歩いたものだ。
読みもしないがこっちの方が女の子にモテた、ただそれだけ。




この1964年に東京オリンピックが開催された。
独居老人は今でもはっきりと覚えている。
晴天の大空にジェット機・ブルーインパルスが描いた五輪のマークを。

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ジジイはこれを東京・練馬の地から見上げていた。



開会式はテレビに釘付け、10月10日の事である。
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暇つぶしにお困りの方、あの感動を今ここに。
開会式の入場行進・実況映像(8分25秒)Youtube。
http://www.youtube.com/watch?v=m7GlLDgzI6E
実況アナウンサーの口調が昔風。 ジジイはジーンときましたね。



聖火(ランナー)の最終走者は坂井義則さん、当時早稲田大学1年生。
彼は広島に原爆投下された3時間後、広島に生まれる。

彼の走る姿は神々しいモノがあった。
聖火台に上がった時、「チャンと火が付いてくれよ」とジジイは祈るような気持ちだった。

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映像で観たい方は下をクリック(39秒)
http://www.youtube.com/watch?v=XGCwMD06QbQ

            * *


独居老人は幾つかある競技種目の中で、ボクシングの試合を観に行った。
確か水道橋の後楽園、一人で出かけたと記憶する。
何故ボクシングに決めたのか、よく覚えていない。

ジジイはその時まだ童貞、恋人はおろか付き合う女性すらいなかった。

夜は近所(練馬)のバーによく通う。 年頃のホステスさん目当て。
少ない小遣いは殆んど飲み代に消えていた。

その甲斐あって童貞を捧げる。
こんなイイもんなら、もっと早くにヤっておけば良かった、それが初体験の感想。
一番楽しい頃、青春時代はいつまで経っても懐かしい。

           * *

 

この日のランチはジジイの中学時代の同級生と一緒。
今年5月、一時帰国していた時の会食を紹介させて戴く。

東京オリンピックから50年後の東京。
場所は、東京・神田一ツ橋にある「学士会館」内のレストラン。

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竹橋から神保町に向けて撮った写真。
右手茶色の低い建物が「学士会館」、左手の白いビルは「共立女子大学」と「共立講堂」。

撮影地点のジジイの真上には首都高速道路が走る。
この神田橋〜初台間は1964年に開通、普通車で150円の料金だった。



「学士会館」の正門入口
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チキンなんとかセットを注文。1400円だったと思う。
ビールは大きめのグラスで600円。
先ずはサラダ来る。
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続いてMain Dishのチキン。
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最後にデザートとコーヒー。
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ここ3年、この3人が同じ処に集合してランチ。
ジジイの年1回の帰国歓迎が名目。
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勘定は3回とも今も現役、右の爺さんの奢り(学士会館内にて)

           * *


聖火の最終ランナー坂井義則さんは、今年3月脳出血で倒れる。
そして9月10日、2020年東京五輪を見る事なくあの世に旅立たれた。  享年69歳。



独居老人にとって坂井さんはヒーローである。
昭和20年生まれ、ジジイと同い年の大学生が聖火台に駆け上がり点火する。
戦後日本の発展を世界に印象づけた一瞬だったと思っている。


彼は大学卒業後フジテレビに就職、サラリーマン人生を全(まっと)うした。

晩年の坂井さんはどの様に過ごされていたのか?
死因は脳出血とあるが、腹上死の噂は全く出ていない。

ジジイのように、チェンマイで独居生活でもしていたら疑われていたかも。



いつ死んでもどうでもいい独居老人は徒食の毎日、腹上死する甲斐性もなくまだ生きている。




さあ坂井さんの分までヤルぞ! これからが快楽的人生だ。
女に殺されないようにして。

チェンマイって ホントいいですね!

(追記)
冒頭のジョージ・オーウェル、著書をもう一冊紹介させて戴きます。
「動物農場」角川文庫、
海外文学作品の中でジジイはこれが一番好き、最高傑作だと思ってます。

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posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 01:06| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする