2019年04月25日

独居老人の生活1507(朝鮮が呼ぶ良心的日本人)


 本日は昨日(#1506)の続きです。


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1507(良心的日本人)


  世界史は、
 不断の闘争が生む永遠の人間劇にほかならない。

                            ミシュレー (世界史-序説より)


日本は1905年、 大韓帝国を保護国とする日韓保護条約を締結。
で、1910年、 日韓併合条約を締結、 朝鮮総督府が設置された。

最初に日本人が住み始めた居留地は、 朝鮮人でもあまり住んでいない地域だった。

そこは南山北麓の低湿地で、 雨が降れば南山からの水が流入し、 泥濘になってしまう所。 
環境が悪いから、 朝鮮人は住みたがらなかった。

日本人はこんな土地をせっせと改良し、 道路をつくり、 住宅・商店、 公的機関を建てる。

そこを起点に本町(後の忠武路)、 明治町(明洞)などの繁華街が広がっていく。

清渓川の南側は日本人、 北側が朝鮮人の街として発展。
日本人街には三越などの百貨店、 ホテルやレストラン、 カフェ、 映画館が次々と開業。

本町は内地(日本)にも負けない賑やかな繫華街になる。
日韓併合直後(1910年)の京城府人口は25万人、 それが膨張。

総統府の昭和17年末の統計では、 1,114,000人に....
朝鮮人約941,000人、 日本人167,000人の大都市に成長。

併合時の総人口は1313万人 → 約2倍の2512万人(1944)に..
約4.5倍も膨らんだ京城(ソウル)の発展ぶりが分かる。

日韓併合で、 何故こんなにも発展したのだろうか。
そこには李朝・大韓帝国の社会システムに問題があった。

朝鮮が貧窮していた原因の1つに身分制度がある。

pict-日韓併合時代の写真9.jpg


両班は農・工・商に従事せず、 儒学だけを勉強して科挙を経て、 高級官職にも昇進する特権を持つ。

そして、 官僚になれば土地と禄俸などを国家から受ける。
この特権は世襲されるようになり、 両班に生まれたら子孫も両班。

常民の労働者や商人は低くみられ、 蔑まれていた。
賎民はほとんどが奴婢、 奴は男、 婢は女の奴隷のこと。

こんな階級制度の李朝に活力が生まれるわけがない。
江戸時代の ”士農工商” とはまるで違うのだ。

日韓併合後、 日本人はこの階級社会を撤廃していく。
朝鮮総督府政策一覧によれば...

誰もが自由、 私有財産の保障、 法のもとの平等を基本にする。

地籍を整備、 耕地は耕作者の所有とし、 多数を占める農民の地位と生活を向上させる。

教育は平等、階級なし、 就学率を61%まで高めた(1944)。
併合前、 100校程度だった小学校を5,213校建設、 生徒数2,389,135人(1945年)。

現在のソウル大学、 梨花女子大などを含め、 各種学校は1000校を超えていた。
識字率も3〜8%(1910)を → 80%(1945)。

耕地・水田面積は倍近くに拡大させた。
併合時は禿山ばかり → 30年間で5億9千万本を植林。

鉄道は3,827km敷設。
東京〜福岡(東海道・山陽新幹線)で1069.1km、 約35年間でその3.6倍もの鉄道を朝鮮に敷いたのだ。

単純に平均すれば、 3872÷35=111km/年の敷設。
ちなみに東京〜熱海の鉄道距離は約105q。

レールや汽車は日本から運んだのだろうか。
とにかく内地レベルに..という朝鮮総督府の熱意が伝わってくるようだ。
内地(日本)では、 不況の時もあったのだが....

   (参考まで)
pict-域内総生産のデータ.jpg
     ☝ (注)人口増、 物価上昇は調整されていない。


強制的に日本名をつけさせたとする 「創氏改名」 について、
麻生太郎(当時自民党政調会長)はこう述べている。

「朝鮮の人たちが仕事がしにくかった、だから名字を
 くれといったのがそもそもの始まりだ」

当時は家畜並み扱いで名前がなかった朝鮮女性に対して名前を与え、 平等に地位向上にも努めた。

では当時の模様をビデオでどうぞ。
              ☟
https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=iWk3YmWQL5w

                * *

そして目を見張るのは、 水力発電の建設だ。
日本統治時代の朝鮮北部はいわゆる “発電所銀座” だった。

日本人は、山地に奥深く入り、 赴戦江、 長津江、 虚川江といった川に、 次々と巨大な水力発電所を建設していく。

   pict-海峡を越えて.jpg
       ☝ [発] とあるのが発電所。


中でも 「水豊ダム」 は、ケタ外れのスケール。
高さ約106m、 幅約900m、 総貯水容量116億立方m、 人造湖の表面積は琵琶湖の約半分に相当。

ちなみに昭和38年完成の 「黒部ダム」 は、 高さ186m、 幅492m。
   
     水豊ダム。
pict-水豊ダム。当時出力世界2位のダムで、朝鮮及び満州の電力.jpg

これらの発電所建設は、 主に日本から進出した化学プラントなど工業用電力として利用された。

尚、 この水豊ダムの発電所は今も稼働中。
現在の出力は80万キロワット、 北朝鮮水力発電所の中でも最大を誇り、 供給電力は中国と折半している。

発電機を製作した日本のメーカーが戦後も保守・修理にあたる。
しかし今は経済制裁のために中止、 老朽化による稼働率の低下も見られるという。

pict-朝鮮の発電所.jpg
                ☝ 水豊ダム。

虚川江、 長津江、 赴戦江の発電所も「現役」だが、 1990年代半ばの大洪水で85%の損傷を受けた由。

日韓併合時代は 「電力王国」 といわれた朝鮮北部も、 今や夜は暗闇の中といったところ。

pict-光で日本列島と韓国.jpg


1905年に大韓帝国は日本の保護国になっており、 既に日本の
支配下にあった。

初代韓国統監の伊藤博文はコストがかかるという理由で、 当初は日韓併合に反対していた。

伊藤博文の主張は正しかった。
無理して日韓併合(日本の領土に)しなくても良かったのだ。

1909年、 安重根がハルピンで伊藤博文を暗殺。
これで日本の世論は硬化、 翌1910年、日本は韓国併合へと走る。

安重根が恨めしい。
                  * *

日本は敗戦を経て、 これら全てのインフラ、 資産、 権利を放棄した(1965年の日韓基本条約)。

なので現在の徴用工問題で補償となると、 ならば朝鮮に残してきた資産・権利を返せ..と言いたくなる。

朝鮮人から言わせれば、 日本が侵略し、 朝鮮の自然と街と人間を収奪したと....
でも ”漢江の奇跡” は日本から得た資金のお陰だと思うが...


朝鮮総督府(日本)が引き揚げてから既に73年。
悪い事をしたという日本の謝罪と補償は未来永劫、 続くのか?

英国は今もインドやミャンマーに謝罪し、 補償してるか。
フランス、 オランダ、 スペイン、 アメリカしかり。

かっての植民地に謝罪と補償を繰り返しているの?

なぜ朝鮮はこうも日本にまとわりつくのか。
朝鮮の 「恨の文化」、 朝鮮人特有のたかり根性ばかりではない。

それは1つに朝日新聞など反日メディアが焚き付けるから。
そして日本の売国政治家が朝鮮に加担、 謝れ、 補償しろと煽るから。

例えば2019年3月下旬、 韓国で日本の元首相は何を言ったか。

『被害者に受け入れられるまで謝罪せねばならない。
現在の絡んだ韓日関係の原因が誰にあるのか明確にしろ、

植民地支配と戦争など被害を受けた韓国の人々が、
やめてもかまわないと言うまで謝罪を継続する』

となると永遠に謝罪を続けるってことじゃない?
こうして2015年末の 「慰安婦日韓合意」 は、 元首相の談話にて破壊に導かれる。

ホント困った阿呆、 こんなのを選んだ日本人はもっと....
2分8秒、 元首相が日本語でインタビューに応じている。
                 ☟
https://www.youtube.com/watch?time_continue=104&v=nmkfrB_VW_w

韓国や朝日新聞は、 こんな人たちを知性と良心がある良識派日本人と呼んで持ち上げる。

村山元首相、 河野洋平元官房長官も、 韓国からは良心的日本人と言われている。

ジジイに言わせれば、 みな単細胞バカ政治家だ。

一方で安倍首相には、 極右の独裁者として非難を浴びせる。
新しいお札に渋沢栄一が使われるだけでも文句を言う韓国。

こんな国家と仲良くする必要は全くない。
「こんにちわ、 こんばんわ」 の丁寧な挨拶だけで十分。


このままでは腹立たしいので、 朝鮮人にもこのような人が居ることを知って終わりにしたい。
                ☟
韓国人大学教授が語る日本統治時代の真実ー感謝!
https://www.youtube.com/watch?v=HBZowZgUHys


李明博さん、 朴槿恵さんは、 今日も檻の中。
これからまた暑い夏が来る、 冷房のないお部屋。

辛い辛い日々、 日本に謝罪を求めるんじゃなく....








 文在寅さんを恨んでね!


チェンマイって ホントいいですね!

 ・参考資料:産経新聞。



posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 13:46| Comment(4) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

独居老人の生活1506(収奪するもの、 何も無し)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1506
                       (収奪するもの、 何も無し)


  ものの始めを採すことで、人間は蟹になる。

  歴史家は後ろ向きにものをみる。

  ついには後ろ向きに信ずるようになる。
                                           ニーチェ


「文藝春秋」(1986年10月号)掲載の対談の中で、 当時の
文部大臣・藤尾 正行の発言が問題になった。

 「韓国併合は合意の上に形成されたもので、
   日本だけでなく 韓国側にも責任がある」

これに ”日本の” 野党や左派が猛烈に非難。

韓国の反発を憂慮した中曽根首相は、 藤尾の自発的な閣僚辞任を求めたが、 藤尾が納得せず拒否。

仕方なく中曽根は罷免権を発動し、 藤尾文部大臣を罷免した。
藤尾は歴史上の事実を率直に言っただけ。


日韓併合は日露戦争後のこと。
朝鮮統治を進めた日本は1905年、 当時の大韓帝国を 「保護国」 とする日韓保護条約を締結。

1910年には日韓併合条約の締結、 朝鮮総督府が設置され、 多くの日本人が朝鮮半島に渡った。

日本統治は、 朝鮮総督府が米国に降伏する(1945年9月)まで35年間続いた。

韓国併合は武力行使もなければ、 大韓帝国の意向を無視したものでもない。
大韓政府からも併合の提案がなされた事実がある。

あくまで両政府の合意の上、 当時の国際社会も認めている。
日本はやさしい、 欧米のような搾取的植民地支配をしなかった。

というか、 当時の韓国には収奪するような価値ある物が何もなかった。

なので日本は朝鮮半島を日本本土と同じと見て資金を投入、 朝鮮を近代化させた。

貧乏でバカな女に入れ揚げて、 家や土地を貢ぐチェンマイの爺さんによく似ている。
今になって考えれば、 何と愚かなことをやったもの。


1995年、 総務庁長官・江藤隆美のオフレコ発言も非難された。 

 「韓国植民地時代に日本はよいこともした」

これは村山首相(当時)の 「日韓併合は強制的なものだった」 の発言に異議を唱えたもの。

結局、 江藤隆美は総務庁長官を辞任した。
オフレコを報道した朝日新聞ら反日・売国メディアの餌食になったといえよう。

政界では、 オフレコでも本当のことを言ってはダメなようだ。

一方で村山談話や河野談話のように、 韓国に阿(おもね)た発言だけが未来永劫闊歩する。


ジジイに言わせれば、 韓国にとって日韓併合はイイことばかり。

貧窮の国にインフラが整備され、 資産が増え、 国が潤い発展し、 国民の生活が向上したのだから。

歴史的に見て、 ”植民地” が宗主国の資金によってあれほどに
発展した国はない。

韓国に言わせれば、 「勝手に入れ揚げておいて何を言う!」
散々貢がせて、 感謝のかの字もないチェンマイの女と同じ。

だから貢いだほうがバカなのだ。
韓国と同じにされちゃあチェンマイの女性は怒るだろうが...

                * *

では、 どのくらい貧しかったのか。
これは当時の大韓帝国を綴った書物ある。

1905年、 ジャーナリストの加藤政之助(後に貴族院議員)が京城(ソウル)を訪れた。

『大通りだけは比較的に清潔なりき。 但し市街の裏通りに至りては道幅8,9尺(2m半前後)、 車馬通せざる所あり。

下水及び塵芥の腐敗により起こる臭気、鼻を衝いてきたり...
城内の見るべき建築物は、 景福及び昌徳の二宮、 日本の兵営、 列国公使館くらいに過ぎず』

つまり、 民間の建築物は何もないという状態だった。

                * *

日本人が書いたものだから ”偏見があるのでは” の疑問も....
しかし当時の大韓帝国を同様に旅した外国人がいる。

英国人女性旅行家・イザベラ・バード(Isabella L. Bird)が朝鮮を訪れたのは、1894年、 62歳の時。

以後3年余、 バードは 4度にわたり朝鮮各地を旅行。
その時の見聞や印象を著したのが 「朝鮮紀行」 である。
               ☟
   pict-朝鮮紀行.jpg


イザベラ・バードは朝鮮より先に、 既に日本を旅していた。
1878年、 横浜に上陸した彼女は、 欧米人には未踏の東京〜
北海道の旅を敢行。

「世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、 全く安全に旅行できる国はない」 と故国の妹に書き送った。
              ☟
          「日本紀行
   pict-イザベラ・バードの日本紀行.jpg


その日本入国から16年後、 バードは朝鮮を訪れたわけである。
イギリス人が二つの国を依怙贔屓なく、 冷静な目で観察している。

日本の後に彼女が見た朝鮮は、 それはもう悲惨な情景だった。
ちょっと長いがお読みください。

『ソウルは都会であり首都であるにしては、 そのお粗末さは実に形容しがたい。

礼節上二階建ての家は建てられず、 したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の 「地べた」 で暮らしている。

路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、 荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。

おまけに、 その幅は家々から出た糞、 尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。

酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、 土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、 疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、 犬は汚物の中で転げまわったり、 日向でまばたきしている。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。

蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、 かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。

水ならぬ混合物を手桶にくんだり、 小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

周囲の山々は松の木が点在しているものの、 大部分は緑がなく、 黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

ソウルには芸術品がまったくなく、 公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。

他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。

古い都ではあるものの、 旧跡も図書館も文献もなく、 宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない。

結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、 堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない』


この 「朝鮮紀行」 には 韓国版があるそうな。
1997年に韓国延世大学が出版したのだが、 驚くなかれ、 内容が全く正反対。

「当時のソウルは清潔で、 人々はとても快適かつ豊かな暮らし、 東洋一美しい都市」..となっている。

同じバードの著書が、 韓国で翻訳されるとこうも変わる。
韓国版は、 内容を悪質に都合よく改竄しているようだ。

                 * *

こんなどうしようもない国を併合した日本。
日本が手を出さずとも、 どこかの国が奪っていたのに....

pict-ジョルジュ・ビゴーによる当時の風刺画(1887年).jpg
    ☝ ジョルジュ・ビゴーによる当時の風刺画(1887年)

日本と中国(清)が狙う魚(朝鮮)をロシアも虎視眈々。
大韓帝国は風前の灯火、 日本がババ抜きのババを引く結果に....


ではイザベラ・バードが書いた当時のソウルを写真で見てみよう。

韓国版 「朝鮮紀行」 では、 人々は豊かな暮らし、 東洋一美しい都市ソウル....本当かな?

  まあ、裏通りはごちゃごちゃ。
pict-日韓併合時代の写真26.jpg



   中心街もこんなレベル。
pict-Seoul中心街 通りに面した藁葺きの建物は商店 .jpg
       ☝ 通りに面した藁葺きの建物は商店。



    ソウル全景(併合前)を見よう。
 pict-ソウル全景(前).jpg

             ☟

    こんなソウルが日韓併合で変貌。
 pict-Seoul全景(後).jpg



   1880年代の南大門大通り(ソウル中心街) 
pict-1880年代のSeoul 南大門大通り(中心街)1.jpg

                 ☟


  1936年の発展した南大門大通り(ソウル)
pict-1936年のソウル、南大門通り.jpg
        ☝ 日韓併合から26年後の変貌だ。



イザベラ・バードが見た朝鮮人はこんな人々(1890年代)。
                  ☟
pict-Seoulの韓国人.jpg



    pict-日韓併合時代の写真16.jpg
     ☝ 胸を露出している女性の服装はチマチョゴリの原型。

跡取り息子を出産した女性だけが胸を露出する。
乳出しは当時の女性の誇りだったという。



 pict-日韓併合時代の写真17.jpg


一方、 その頃の日本はどうだったか。
1890年代の横浜を撮った写真が残っている。

  併合前のソウルと比べればその差は歴然。
pict-1890年代の横浜.jpg



    1890年代の横浜、 美しい街の光景がある。
  pict-1892〜1893年頃横浜江波写真スタジオ.jpg



   日用品を売る商店(1890年代)。
pict-日用品を売る商店1890.jpg
    ☝ 小綺麗な女性、 ソウルの女性とは大きく異なる。



pict-鳩に餌をやる子供1890.jpg



   こちらは1890年代の東京
pict-1890年代の東京.jpg


このような時代の日本が、 韓国を併合して莫大な税金を投入。
スケベ心を起こした付けが戦後(1945年後)に回ってくる。

日本の敗戦後、 韓国はアメリカによって独立。
池上彰がテレビ番組で述べた。
「韓国は日本が戦争に負けた後、 棚ぼた式にできた国」

1965年6月の日韓基本条約で日韓国交が樹立した。

代償は、日本が朝鮮半島に残したインフラ・資産・権利の放棄。
当時の韓国国家予算の2年分以上の資金提供だ。


戦前は、 日韓併合で多大な資金をつぎ込み経済的損失。
戦後は、 日韓基本条約で巨額のカネを支払う。

それでも韓国は、 「日本は悪いことをした、 千年万年謝り続けろ!」 と反日に明け暮れる。

んで謝罪するならカネ寄こせ..とゆする。
慰安婦・徴用工まででっち上げ、 補償しろと脅す。

韓国はいつまでもいつまでも日本にまとわりつく。
蛭(ヒル)のように.....


日本は過去、 韓国から収奪したものがあるのだろうか?

血(税)を吸われっ放しの日本.....







もう朝鮮とは、 関わらないでおこうよ。


チェンマイって ホントいいですね!

  <追記>
昨日(4月23日)、 空港近くのイミグレに行く。
目的は、 Re-Entry permit の取得。

午後1時半頃イミグレ到着。
待つことなくインフォメーションで順番カードを受け取る。

ジジイのカードはRE45、 RE43の人が手続き中だった。
6,7分待ってジジイの番、 何の問題もなく完了。
尚、 手数料はシングルで1,000バーツ。

オフィス内で友人とバッタリ。
彼の用事は90日届け、 彼も待たずにすぐ完了。

イミグレの業務改善は素晴らしく、 昼過ぎに行っても待たずにできる....このサービスがずっと続いて欲しいと思う。

ただ足の無い友人、 ソンテウに乗りエアポートプラザへ。
そこから猛暑の中、 徒歩でイミグレにやって来た。

で、ジジイは ”90日オンライン届け” の利用を勧める。
「今度、 俺が実際にやりながら教えるよ」

自分がプリンターを持っていないなら、 所有する友人に送信して
印刷して貰えばいい。

家の中(パソコン)で5分で終わる ”90日オンライン届け”、 利用しない手はないと思うが...  以上 




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:15| Comment(4) | 社会思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月22日

独居老人の生活1505(獲物をキャッチ)


チェンマイ独居老人の華麗なる生活1505(獲物をキャッチ)


  駿馬は、 一日に千里走ることができるが、

  鼠を捕まえることでは猫にはかなわない。

                             荘子 (紀元前・中国の思想家)


地球上に存在する生物は、 獲物を捕まえないと生きていけない。
種の存続のために日夜、絶え間なく奮闘している。

今日はその獲物のキャッチがテーマです。
自然科学の驚異の瞬間を写真でお楽しみください。

尚、心臓の弱い方はここで終了です。

                * *

pict-DSCN5453捕食 (4).jpg
      ☝ リクガメはカタツムリやナメクジが好物とか。



  カメレオンは長く伸びる舌で捕る。
pict-カメレオン.jpg

pict-DSCN5453捕食 (5).jpg

       ミミズク
   pict-DSCN5453捕食 (2).jpg
    ☝ ヒヨコ、 鼠、 コオロギなどの生き餌が主食。



  ヒョウアザラシはペンギンを食う。
pict-ヒョウアザラシとペンギン.jpg



   こっちは生魚を捕る。
pict-ねたたま 捕食.jpg



          ヤマセミ
pict-DSCN5453捕食 (3).jpg                
        水辺の石や枝の上から水中に飛び込んで、
        魚類や甲殻類、水生昆虫などを捕食する。



   こっちは蛇、 飲み込みスタンバイOK。
pict-捕食の瞬間.jpg



こんな大きな餌を捕まえて、どうやって料理するんだろう。
                  ☟
pict-捕食.jpg



クモの餌は小さなダニから大きな昆虫までいろいろ。
                  ☟
   pict-DSCN5453捕食 (7).jpg



   カマキリ
pict-DSCN5453捕食 (6).jpg
                ☝
肉食性で、己より小さい昆虫や小動物を捕食する。

スズメバチ、 キリギリス、 バッタ、 オニヤンマに加え、
ヘビ、 クモ、 カエル、 トカゲ、 ミミズまで食う。



餌を捕るのは動物ばかりではない、 植物だって.....
                  ☟
pict-食虫植物3.jpg
   ☝ ジジイは異常なのか、 女性器を思い出してしまう。



   で、入って来たら・・パクリ。
pict-食虫植物4.jpg
           ☝ 人間のオスもこのように....

 ビデオでどうぞ!
https://www.youtube.com/watch?v=yhP7iQ79vS4



では人間、 雌がそれとなく獲物を狙う。
                 ☟
pict-誘惑する唇.jpg



   獲物を呼び込む甘い誘い。
pict-男性を誘惑する.jpg



  そしてカマキリのように...雌は牙をむく。
               ☟
pict-男を誘惑.jpg
                ☝
 こうしてオスは死ぬまで、 雌に全てを吸い取られていく。



一方の若いオスはロマンチック、
「愛してるよ」 と囁きながらこれで雌をキャッチ。
                   ☟
pict-キス.jpg
    ☝ 種の保存、 本能を満たすための必然的行為。



しかし同じオスでも老いたらば、 盛りの雌は近寄らない。
ならばと爺オスは罠を仕掛ける。
               ☟
pict-お金が貯まる男性.jpg
     ☝ 爺オスが若い雌を捕らえるにはカネが頼り。



ロマンチックに楽しんでいると寿命が来てしまう。
なので、爺オスは突進あるのみ。
                 ☟
   pict-汚いオッサンキス.jpg



   捕食の瞬間がやって来た。


                ☟


pict-キス4.jpg

獲物をキャッチした....と爺オスが喜んだのはここまで。

若くて可愛い雌の好物はカネ。
巧みに爺オスの財産をむしり取り始める。







結局、 餌食になったのは....爺オスだった。


チェンマイって ホントいいですね!




posted by チェンマイ華麗なる独居老人 at 12:20| Comment(6) | バラエティー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする